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第446話 津波

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


大津波がやってくるよ。

彼はそう予言する。

大津波がこの世界を飲み込む。

すべてなくなってしまう。

生きていることは無意味だと。

みんな死んでしまうと。

彼は説く。


助かりたい人は、

この世界を出て行くべくあらゆる手を尽くした。

地下を掘ったりした。

空の上の上を目指そうとした。

みんな徒労に終わった。

だってここは、

ここは彼の世界だから。

予言者の彼の世界だから、

予めいっておくことのできる世界だから、

だから、彼の言うことはすべておきる。

間違いはない。


「あの世界とは違う」

彼はつぶやく。

「この世界はすべてが真実なんだ」

彼は信じる。

彼の予言が当たり、世界が滅ぶことを信じる。

どうしようもないもの。

天災と人はいうかもしれない。

でも、これは彼が起こすこと。

あの世界とは違う。

この世界では、彼は万能なのだと感じる。


祈りをささげる人々。

歌うように、嘆くように、

終わりに向かって祈るものは素敵だと思う。

彼は祈りに耳を傾ける。

そこに、

「鬼がやってきますよ」

あどけない、子どもの声。

「鬼?」

彼は聞き返す。

それは、怖いものだ。

津波よりずっと。


「不健全な夢は、裁きの対象になります」

祈りの文句が途切れ、

無機質な、声がする。

システムの声だと彼はとっさに思う。

「この夢を夢裁きの対象と認め、これを裁きます」

彼はあきらめる。


津波がやってくる。

彼の予言した津波が。

万能だった世界が、

飲み込まれて完全になる世界が。


「夢鬼の権限において、消去します」


津波は失われた。

彼の夢もまた、失われた。

あの世界ではうそつきだったんだ。

彼は消えていく夢に思う。

この世界がすべてでもよかったんだ。

すべて、滅んでしまえと思ったんだ。


もう、彼に夢は、ない。

夢は鬼によって消去された。

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