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第453話 物音

斜陽街の路地。

斜陽街は元から、路地の多い街だ。

一番街、二番街、三番街、

番外地と呼ばれる場所のほかに、

通れるというものを路地とするなら、

かなりの数の路地がある。


隙間だらけなのかもしれない。

斜陽街もその住人も。


ある日のこと。

落ち物通りの近くの路地に、

軽い物音。

誰かが何かを忘れていったのかもしれないけれど、

誰の気配もしない。

ただ、軽く。

思い出が形を持って忘れられたかのように、

物音が、一度だけ。


落ち物通りのスキンヘッドのマネキンも、

一応気がつくことは気がついていた。

誰かが何かを忘れていくことなんて、

斜陽街ではよくあること。

忘れていったものが形を作っていても、

それもまた、よくあること。

そのうち夢が形になるかもしれない。

まぁ、よくあることなのかもしれない。

マネキンもマネキンなりに考える。


落ち物通りに住み着いている、

浮浪者のうごめく感じがする。

浮浪者とは、斜陽街においては、

自分であるという証を何一つ持たないもの。

誰でもないもの。

それなのに、うごめくもの。

誰かに成り代わろうとするもの。

情報を狙っているもの。


マネキンは、大丈夫だろうかと考える。

物音のした方向に、

マネキンは顔を向けるが、

マネキンは壁から生えている。

動けない。

物音が何なのか、マネキンでは確認できない。

気になるが、浮浪者はそういうことを伝えてはくれないだろう。


「誰の何なのかしらね」

マネキンは物思いにふける。

あれは、軽い物音だった。

花束かもしれない。

花、なんかあたしちょっと冴えてるかも。

花だったらきっと、

浮浪者の情報源にされないと思うの。

夢のような花だといいと思うの。

花はいつだって夢のように咲くから。


マネキンだって夢のことを思う。

夢とか幻とか、

そういうものを飲み込んで斜陽街はある。

飲み込んだ上での、

住人の現実だ。


物音が素敵なものであるように、

マネキンはいろいろと思いをめぐらせる。

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