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第457話 剣術

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


風が、どうと吹く。

桜は狂ったように咲き、

死のにおいのする山の中。


アキは踏み込み、

一撃を放つ。

アキの大剣から、渾身の一撃。

それで狩れなければ、

みんなのように赤くなる。

血にまみれて死ぬ。

思いのたけ、すべてをこめて。


その首をはねたいと。

ずっと思っていたと。


鬼は微笑み、

剣を持つ片手で、アキの一撃を軽くいなした。


大剣が、折れる。

鬼の、片手剣のそれだけで。


風が再び、どうと吹く。

アキは、内側が空っぽになったような気がした。

空っぽの中に桜がくらくら咲いている。

思いを解き放ったら、

こんなにも、空っぽになるなんて。

それこそ夢のようだと思った。


アキは、構えを解けない。

もう、かなわないことは、わかっている。

死ぬんだ、と。


鬼がそっと距離をつめた。

アキは、間近に鬼を見た。

異形のはずのその目を、

アキははじめて美しいと思った。

そうか、みんなが美しいというものは、これなのかと。

鬼は、そっとアキに触れ、構えを解かせた。

触れただけ、そこから熱い。

それなのに力が抜けていく。

折れた大剣が落ちる。

力の抜けたアキを、

鬼はやはりそっと支えた。


この手が、みんなの命を奪ったと信じられないほど、

それはやさしいというものによく似ていた。


鬼はささやく。

「剣術を教えてやるよ」

アキは夢見心地でそれを聞く。

「いつでも俺の首を狩りにこい。強くなれ」


桜くらくら。

鬼の腕は温かく、

触れたところからアキは狂っていくような気がした。

心が熱い。

この心をアキは何というのかわからない。


鬼が強くなれというのなら、

その首を狩れというのなら、

アキは強くなろうと決めた。

この首は私だけのものと。


鬼はアキの耳を軽くかんだ。

「強くなれ」

ささやきは、睦言のように。


屍のにおいのする中、

アキは、心がおかしくなっていくのを止められないでいた。

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