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第465話 音源

斜陽街一番街、音屋。

音に関するありとあらゆるものが手に入る場所だ。

音以外は取り扱わない方針だが、

音にまぎれていろいろなものが音屋に居つくことがある。

イメージだったり、何かの感情だったり、

あるいは妄想だったり。

音屋はちょっと前まで、

純粋な音を守ろうと、音以外のものを逐一片付けていたが、

最近は、それら、が、

気の済むまでいてもいいんじゃないかと思い始めたらしい。

音屋に入っていったら、

時折何かのイメージが浮かぶなどというときは、

音屋に間借りしていた何かが、

誰かに宿って出て行く兆しらしい。


そんな音屋に、

ある日、妙なものが居ついた。

音屋の主人の、見慣れないカセットテープ。

丸い眼鏡の中で、音屋の主人がめをしぱしぱさせる。

見覚えがないぞと思ったのかもしれない。

音屋の中は、

いまさら説明のしようがないほど、

音にあふれていて、

一般の人が聞き取れる音というより、

何かの流れか何かのような様相を呈している。

そんなわけだから、音屋の中では、声は基本聞こえない。


音屋の主人は、ごうごうと何かの流れている店内で、

カセットテープをつまみ、

しげしげと眺める。

一人うなずくと、

カセットテープをレコーダーに差し込み、ためらいなく再生を押す。

スピーカーがひとつ、震えだす。

音屋の主人は、目を閉じる。

音だけではないと感じたかどうか。


それは、歌。

獣のような、人のような、

歌。

嘆くような悲しむような、

あるいは、何かから解放されたような、

篭の鳥が自由になれと無理やり放たれたような、

そんな感覚を音屋の主人は持った。


音屋の主人は、目を閉じて歌に聞き入る。

かわいそうに、夢がないんだと、

音屋の主人が思ったかどうか。

とにかく、聞き分けがつかないほど音は流れているし、

音屋の主人が表情豊かなわけでもない。


ただ、何かを抉られたような鳴き声が、

こびりついてはなれない感覚だけは、持った。

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