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第467話 桜谷

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


季節がめぐる。


アキはものすごい勢いで、

鬼の剣術を吸収していった。

それは、命が走る喜び。

アキはいつでも鬼を見ていた。

鬼は、何かの遊戯のように、

アキに命の狩り方を教えた。

「いつか俺を狩れ」

鬼はそう言う。

言われなくてもアキはわかっている。

狩るために、この山にいるのだと。

そのためだけに、生きているのだと。


夢のように季節が過ぎていく。

鬼はアキに剣をこしらえた。

大きな、剣。

桜のような剣だとアキは思った。

血にまみれれば、さぞかし美しかろうと。

でも、その血が流れるということを、

アキは心のどこかで望んでいない。

なぜだろうかと考える。

アキに答えが出せるものではない。

あの鬼の血が流れることを、

切望しているのに、

その一太刀が届かない。


ときに穏やかに、

ときに激しく、

時間は流れ、

季節はめぐって春になる。


桜のくらくらする春。

あの時も、こんな風に桜が咲いていたと。

アキは鬼に会ったときのことを思う。

(今日なら狩れるかもしれない)

アキの脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。

忘れていた言葉。

ずっと根ざしていた言葉。


いつものように剣を教えようとする鬼に、

アキは獣のような咆哮を上げ、

本気で剣を振るった。

鬼は、面白そうに逃げた。


桜の山の中を、追いかける。

この先は谷。

逃げ場はない。

この一太刀が、届けば。

アキは大剣を振るう。

今度こそ、届いて欲しいと。


願いはかなう。


アキの大剣は、鬼に届いた。

その胸を切り裂いた。

鬼はにやりと笑い、

「腕を上げたな」

と、言葉にする。

最高の賛辞だ。

「もう、いいだろう。鬼は、狩られた」

鬼はそう言うと、

深い谷に落ちていった。


アキは呆然としていた。

桜くらくら。

大剣は鬼の血で赤く染まったのに、

何か大切なものがなくなってしまった気がした。


アキは泣く。

それは悲しげな獣のようであった。

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