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第470話 種

斜陽街二番街。

花術師と呼ばれる、おばあさんの店がある。

花術師は花を、植物を、

操ったり育てたりする職業だ。

花術師は今日も花の種を持って、

斜陽街のどこかへ出かけていた。

種は基本にして奥義。

そんなことをつらつらと花術師は思う。


店に帰ってきてから、

花術師は気がつく。

種の袋がひとつ足りない。

「あらあら」

緊張感も何もない。

のんびりと花術師は驚き、

そして、歩いた先を思い返す。

「ああ」

思い当たるところがあり、

花術師はまた、斜陽街に出て行った。


落ち物通り。

そのすぐそばに、種の袋はあった。

花術師はそれを拾い、帰ろうかと思う。

でも、何か違和感がある。

花術師だからわかる、違和感。

この種はここに咲きたいのかもしれない。

花術師はそう感じる。


「しょうがないわね」

花術師は、種をまき、

花術をかける。

どうかここに咲いてと。

出会うべきものに出会ってと。

花摘み人にも負けないくらいに咲いてと。

それは祈りに似た術。

おばあさんの、やさしいやさしい祈り。


種は芽を吹く。

そして、見る見るうちに育ち、

小さなつぼみをいくつかつける。

「さて、もういいかしら」

花術師は納得する。

「ここで生きてね」

花術師は花に、そう声をかける。

つぼみは小さく、

うなずくようにゆれる。


「あらあら、花術師さん?」

マネキンの声がする。

「はい、あたしですよ」

「ねぇ、そっちに何か落としたのも花術師さん?」

「ええ、種ですよ」

「へぇ、何の種?」

マネキンは動けない。

興味たっぷりの声でたずねてくる。

「キンセンカですよ」

「へぇ、どんな花なのかしら。動ければ見たいな」

「かわいらしい花なんですよ」

花術師はそういうところころ笑う。

マネキンもにっこり微笑んだ。


斜陽街のどこかの路地。

花術をかけられて、

そっと咲いている花がある。

誰かを待つように、

あるいは隠れるように、

そっと咲いているらしい。

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