絵師とシキは斜陽街を歩く。
いつもの静かな斜陽街。
風がたまに吹いている。
絵師は、不意に、呼ばれた気がした。
足を止めて、気配をうかがう。
気配は風にとけるようになくなっているのに、
呼ばれた方向だけがわかる奇妙な感覚。
「シキさん」
「あん?」
「向こうには何がありますか?」
「向こう?」
絵師は指差す。
「ああ、落ち物通りがあるな」
「おちもの?」
「うん、そこに行くと何かを落としてしまうんだ」
シキは簡潔に説明する。
「なんか、そこから呼ばれた気がしたっす」
「斜陽街じゃそういうこともあるさ」
シキは知ったかぶって言う。
「よし、それじゃちょっと行ってみるか」
シキは先にたってふよふよと飛ぶ。
絵師はまだ勝手のつかめない斜陽街を、
それでも飄々と歩く。
「あら」
通りの入り口には、人形みたいなものが生えている。
絵師はいまさら驚かないが、
異様であることは伝わってくる。
「よぅ、マネキンさん」
「シキさん、その方は?」
「絵師だ。なんか呼ばれたんだと」
「ふぅん?あたしは呼んでないけど」
「なんか、呼ぶような落し物はないかい?」
「そうねぇ…」
壁から生えたマネキンは考え込む。
そして、何か思いつく。
「近くの路地に花術師さんが何かしてた」
「てことは花か」
「そこを曲がったところ」
シキはふよふよと曲がって路地に入る。
絵師が続く。
「…これは」
絵師は絶句する。
そこには、絵師を待っていたかのように花をつける、
小さなキンセンカが。
「小さな花だなぁ」
シキはそんな感想をもらす。
「そうっすね、小さいんすけど、しぶとい花なんすよ」
絵師はかがみ、キンセンカをなでる。
そして思う。
(キンセンカの咲くところは、どこでも故郷)
絵師の故郷、いろいろな記憶。
ここもまた心の故郷にしてもいいだろうか。
ひっそりと咲く、小さな花。
「花はいいっすね」
「そう見えるのか」
「はい」
「いいことだと思うぜ」
「どうもっす」
「どうする?この花」
「できればこのままがいいっす」
「そうか、そうだな」
絵師は立ち上がる。
いつもの糸目は微笑んでいるようにも見えた。