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第475話 終末

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


暗い森の奥の、狼珈琲屋。

狼耳をつけた青年は、

ちょっとした物語を披露している。

場所は明かしてくれないけれど、

内緒の地区で取れたコーヒーと、

その地区を含む国に関しての物語だ。

「…で、人が夢を抉られて、心がくずれるんだ」

コーヒーは軽くトリップを起こす。

夢とも現ともつかない軽いトリップの中、

青年の話と、その国の話が混ざる。


心がくずれたら、歌うんだ。

心がないから獣なんだ。

歌う獣なんだ。

歌う獣は感情を制御できない。

流されるままになる。

歌いながら、その国を壊していったんだ。

夢をなくすってのはそういうことで、

歌は最後の絶唱ってやつなんだ。


トリップしている目に、

獣の扮装をした人が、

パレードをしているのが見える。

幻覚だろうか。

このコーヒーはそんなに危険なものだろうか。

獣は歌う。

破壊して、嘆きながら歌う。


なぁ、終末って言葉を聞いたことがあるか?

その国の終末ってのは、

歌が消えることなんだって聞いた。

国から歌が消えるってどういうものだろうな。

…あんた、見えてるだろ。

少しトリップしている目をしてる。

うん、その獣たちがみんなどこかに消えちゃうんだ。

夢でも見ていたみたいに、さ。


やがて視界が、

狼珈琲屋の店内へとゆるゆる変わる。

「なかなかトリップもいいものだろ?」

青年は笑う。

「噂では、鬼が夢を裁いていたなんて聞くんだ」

鬼、と、聞きそうになるのを見透かして、青年は続ける。

「鬼は桜がよく似合うよ。夢のような桜さ」

狼耳がぴくぴく動く。

飾りではないのだろうか。

「決して、夢を裁くようなものじゃないよ」

それはなんとなくわかる気がした。


「ドリップトリップ。悪くないと思うんだ」

青年はにやりと笑う。

「さぁ、次はどこに行きたい?」

青年は、尽きることのないコーヒー豆の物語を持っている。

もう、滅んだ国の物語も、あるかもしれない。

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