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第477話 宿命

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


アキは山を降りた。

鬼を狩ったのだ。

もう、いる意味はない。

鬼はいなくなった。

アキが、狩った。

その事実を認めるまでに、ひどく時間がかかった。

鬼は今でも、生きているような気がして。

どこかから剣の未熟を指摘する、

鬼の声が聞こえるような気がして。


もう、いない。

鬼は、もう、いない。

狂気のような夢だったと、

アキは自分を無理やり納得させようとした。


町に帰ってくると、

アキは鬼のことを報告した。

一太刀あびせたと、谷に落ちたと。

他人事のようにアキは報告する。

ならば生きてはいないだろうと、

報告を受けたものが言う。

おそらく、と、アキは返す。

あの鬼は、もう、いない。


平和になったはず。

少なくとも、ここは。

でも、アキの内側には、

まだ桜の嵐がやむことなく吹き荒れている。

嵐の向こうにはいつだって鬼が。

(ああ)

アキは思う。

(まだ生きているかもしれない。だって彼は鬼だから)


アキは申し出る。

鬼のなきがらを探してもよいかと。

万が一生きていてはいけないと。

万が一、そう、万が一。

生きていたなら。

生きているかもしれない。


アキの心を狂気が走る。

狩りたい。

その首をはねて…

この胸に抱きしめたい。

胸が苦しい。

何かがなくなったかのように苦しい。

鬼の胸を切り裂いたそれが、

アキの内側も切り裂いたように苦しい。


鬼の笑顔ばかり思い浮かぶ。

きっと鬼がまだ生きているからだ。

あの鬼を狩るのは、

きっとアキの宿命なのだ。


アキはまた山に向かう。

鬼を探しに。

アキの狂気と、夢のような日々の、

決着をつけに。


アキは思う。

普通にはなれないと。

そして、普通などいまさらいらないと思っている、

アキ自身に気がつき、

アキは人知れず苦笑いした。

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