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第481話 災禍

どこかの扉の向こう。

政府軍とゲリラが、熱帯雨林で戦っていた。

戦争だ。

内戦とも言うのかもしれないし、

クーデターとも言うのかもしれない。


一介の兵士は、そんなことはわからなかった。

名前を仮にジョンとする。


熱帯雨林の天気はすぐ変わる。

太陽のぎらぎらが、一転してスコールが降ったり、

蒸し暑く、腐りそうな思いをする。

河をわたり、ゲリラに警戒し、

心が休まる時間などない。


ジージーと何かが鳴いている。

高い鳥の声が遠くでする。

こっちはゲリラに警戒しているのに、

何でこんな音まで聞こえるんだろう。

ジョンは思う。

日差しは今はさんさんと。

銃を持ったジョンがいなければ、

ここは楽園のように見えるかもしれない。


でも、と、ジョンは否定する。

この熱帯雨林は戦場だ。

禍々しいとか、災いってやつだ、くそったれ。

ジョンは自分の中からそれだけの言葉が出てきたことに驚く。

よく、言葉が頭に残っていたと、驚く。

戦争ですべてが腐っていたかと思っていたのに、

まだ腐ってないんだと、ジョンは思う。


それはとても悲しいことだ。

災いの中で壊れないこと。

それは理に反していて、苦しいことだと。

ジョンは身をもって知っている。

身をもって知らないのは政府のお偉いさんとかばかりだ。

くそったれ、お前らがここに来い。

前線でゲリラどもと戦ってみろ。

そうすれば、そうすれば…

そうすれば、なんなのだろう。

ジョンの思考は停止する。


ただ、もう、生き残るため。

戦争は災禍だとジョンは思う。

天災のように、どうしようもないものだと、

今のジョンはそう思う。

圧倒的な流れの中で、

ジョンは獣のように生き残るしかないと知っている。


鬼になるか、獣になるか。

そういう道しかないのか。

歌すら歌えない。

だれか、戦争が終わったと嘘をついてくれ。

ジョンはごっそりなくなった思考回路でそんなことを思う。


楽園のような熱帯雨林。

そこは、夢のような、

悪夢のような、

戦場だった。

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