目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第487話 決着

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


アキは山にやってきた。

鬼と過ごした山。

生きているのか死んでいるのかわからない、

鬼を探しにやってきた。


あのとき。この山で季節はめぐって、

どの季節にも鬼の思い出がある。

忘れられない、傷跡のような思い出。

その傷跡は痛くない。

でも、目頭が少しだけ、熱くなる。


大剣を背負ってアキは山を歩く。

アキの思い出が、ともに歩いていくのがわかる。

鬼が教えてくれたのは、剣だけでなかったと、

いまさら思い出をたどり返し、思う。

いつ命をとられるかわからない、

そのぎりぎりのところで、鬼は、

アキにいろいろなことを教えてくれた。

形のない、いろいろなこと。

思い出の中で鬼は笑っている。


その、笑顔をもう一度見たい。


山の奥深くまでアキはやってきた。

鬼と過ごした場所に、アキはたどり着く。

木々が茂り、木漏れ日が落ちて、

その間から、


鬼が、微笑んでいる。


アキの思い出と、鬼が重なる。

夢でもいい。

生きていた。

また会えた。


傷だらけの鬼は、何も言わない。

アキが斬った胸の傷も、

痛々しく傷跡になっている。

(ああ)

アキは思う。

(傷跡があれば忘れはしない)

アキの心の傷跡が、

やさしいものになっていくのを感じる。


「決着つけるか?」

鬼は静かにそう言う。

「いいえ」

アキは答える。

「夢を見たんです。夢に決着もありません」


鬼は木漏れ日の下で笑った。

アキも微笑んだ。

「俺は長生きする」

「鬼とはそういうものでしょう」

「俺は、アキを忘れない」

アキは鬼をじっと見つめる。

「アキが死んでも、忘れない」


アキにはそれだけで十分だった。

鬼の心にアキがいる。

それだけで、アキは満たされた。

あれほどの狂気が、

凪いでいくのがわかる。


アキの頬に涙。

思い出が心の深くに沈む。


忘れない。

この鬼のことを、決して。

夢のような日々を、決して。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?