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第488話 夫婦

斜陽街三番街。ガラクタ横丁の近く。

まんぷく食堂は今日も営業している。


おじいさんが料理を作る。

おばあさんが注文をとったり、料理を運んだりする。

まんぷく食堂のいつものありかただ。

年を感じさせるほど手馴れており、

年を感じさせないほど、しゃきしゃきと動く。

働くということ、

みんながまんぷくになってくれることに、

とても喜びを感じている。

そうしたことが、うれしくなるくらい伝わってくる食堂だ。


おじいさんはいつも難しい顔をしていて、

おばあさんはいつもニコニコしている。

二人が斜陽街に来る前のことはわからないが、

ずっとこんな風に夫婦をやってきたのかもしれないし、

たまには、けんかもあったのかもしれないし、

きっと若い頃もあったのだろう。

おばあさんがにっこり笑う。

おじいさんはちらりと見て、いつものように料理を作る。

ずっと昔からこんな呼吸だったと思わせる。


お客がある程度引いて、

おばあさんはお茶をいれた。

小さな湯飲みに、誰かが持ってきてくれたお茶。

「ウサギさんなんですって」

おばあさんはそう言う。

おじいさんは相変わらず難しい顔をして、

お茶をすする。

「ウサギさんがお茶を売ってるんですって」

「…そうか」

おばあさんもお茶をいただく。

喉に広がる感覚。

喉から呼吸から、頭の芯から、

なんだか夢を見たような感覚に陥る。


桜の頃。

若い男の人を見た気がした。

見習い料理人の…


おばあさんはそこまで見て、

ぱちぱち瞬きをする。

あれは、このおじいさんだ。

おばあさんは、ふふっと笑う。

人生何十年、

夢みたいなものかもしれないけれど、

何年経っても、結局はこの人が夫なのだと。

「…難しいことはよくわからないけどな」

おじいさんが、ぼそっとつぶやく。

「なんでしょう?」

「…お前は、変わらないな」


おばあさんは、うれしくなった。

「あなたも変わりませんね」

おじいさんはそっぽを向いて、

おばあさんはニコニコして、

二人はお茶をすすった。

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