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第489話 欠落

少年は、目覚めた。

カヨは、目覚めた。


ここから早く帰らなくちゃと、カヨは思う。

「帰るとこまで、案内するかい?」

男がそう申し出てくれたが、

カヨは首を横に振った。

もう、彼の仕事は終わったのだし、

カヨは一人でこの夢から覚めないといけない。

斜陽街という、多分、夢。

斜陽街。

誰かが命をかけてつれてきてくれたところ。

誰だっただろう。

夢のまた夢なんだろうか。


「帰ります」

カヨは、そう言う。

「気をつけてな」

「はい」

カヨは短く答える。

そして、街に出た。


風が吹くのを感じた。

見たことも聞いたこともない街。

ここから早く目覚めなくちゃ。

ここはまだ夢。

ぼんやりとした影のような街。

ここは現実じゃないと、カヨは、思う。


ただの帰り道なのに、

ぽろぽろと何かが欠落していくのを感じる。

カヨの中で、何かを落としていくのを感じる。

そしてそれはもう、拾えないものだと、

落ちていって忘れてしまうものだと、

心がとても痛むものだと、

カヨは涙を流しながら思う。

痛い。胸が、痛い。

夢を手に入れたのに、

きっと、夢があるという事実だけ残して、

忘れてしまうんだ。

大きな欠落ができてしまうんだ。


カヨはその事実を、

しゃくりあげながら受け止めざるを得なかった。

それが、きっと、大人になるということ。

カヨの現実に帰るために必要なこと。

空を飛ぶ少女も、

世界一の探偵も、

カヨの中からぽろぽろ落ちていく。


カヨは、迷うことなく、

扉のたくさんある店にやってくる。

そして、一枚の扉を見つける。

ぼろぼろの涙をぬぐって、

扉に手をかける。


この欠落を埋めるのが大人になるということなら、

大人になりたくないとすら思うのに。

それでも、これはしなければいけないことだった。

こぼれおちたカヨのかけらが、

誰かの心を埋めてくれますように。


カヨは、扉を開いた。


甘い忘れ物を抱えて、

少年は目覚めた。

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