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第490話 汝

斜陽街一番街、バー。

いつものように時は流れ、

いつものように夜羽がいる。

夢のように、現実のように。

有線らしいジャズが流れ、

お客はいつものように少ない。

落ち着いたバーはそれでも営業している。


自分とは何なのだろう。

そんな妄想を先ほど録音した。

汝は夢の住人なりや?

問われたそれに、答えることができなかったという。

夢に帰るべきなのかもしれない。

夢に帰って忘れるべきなのかもしれない。

妄想を語ったお客はそんなことを言っていた。


(汝は何者?)

夜羽の脳裏で、何かが語りかけるような感覚。

夜羽の見える口元が微笑みになった。

「斜陽街の妄想屋ですよ」

夜羽にとってそれ以上の意味はないし、

また、ここからよそに帰ることもない。

この街の住人だ。


この街のルールで、

この街のやり方で、

ゆっくりいろいろ変わっていったり、

あるいは変わらなかったり。

いつまでもどこまでも。

この街は夢のようにあり続けるし、

また、夢のように消えてしまうかもしれない。

ただ、この街を裁くことはできない。

よそから何か、鬼のようなものがやってきて、

ルールを押し付けることはできない。


斜陽街を裁くことは、誰にもできない。


汝は夢の住人なりや?

何かが語りかけるような感覚。

夢と現の狭間で漂っているような斜陽街。

ここに夢を見に来たものもいるかもしれない。

でも、ここは、ある。

ただの夢という存在じゃなくて、

斜陽街は、ある。

誰かにとっては夢かもしれない。

でも、誰かにとっては現実かもしれないし、

誰かにとっては故郷かもしれない。


時計が時を刻んでいる。

時の流れすらおかしくなるこの街。

時の流れが遊んでいる街。

そのうち汝と呼ばれたものも、

また別のものになってしまうかもしれない。

それほど、ここは曖昧な場所であり、

また、魅力的な場所だ。


機会があったら、

また、斜陽街を訪れてみてもいいかもしれない。


いまは、なんじ?

いまは、なんじ。


ではまた。斜陽街で逢いましょう。

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