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第492話 吸音

斜陽街一番街に、音屋という店がある。

音に関するものを何でも売っているという店で、

どこにそんなものが仕舞われているんだというくらい、

かなりレアなものも、

音に関するものならば、あるといわれている店だ。


音屋の主人は、

いつも音の異様に流れまくっている店の中で、

目を閉じて何かを感じている。

音以外何があるわけでもないのだが、

音以外何を感じるわけでもないのかもしれないけれど、

音屋の主人は、何かを感じている。

ただ、何を感じているかの話を、聞き出すことは面倒だ。

音屋では無数の音が爆音状態で流れていて、

会話の音もかき消されてしまう。

よって、この店ではホワイトボードに書いて会話をするのだが、

細かいニュアンスや、感覚を伝えるのには、

あまり適さない道具かもしれない。


音屋に流れている音は、

音屋のドア一枚を隔てて、少しの音も漏れ出すことはない。

それは、扉がちゃんと仕事をしているからかもしれない。

噂ではあるが、

音を求めた果ての姿の扉であるという。

それは音を渇望した扉で、

いつも音を食べて、いや、飲んでか、吸ってか、

とにかく、音を求める扉であったらしい。

所詮噂かもしれない。


それでも、音屋の扉から、音が漏れ出すことはなく、

全ての音は音屋の中にあり、

音を呼吸しているガラスの扉があるという噂も、

斜陽街では、そういうこともあるということで、

片付けられてしまうのかもしれない。


音を求める扉というものが、

生きているのか、無生物なのか、

そういう議論は無意味かもしれない。

ただ、存在は何かを求めることがある。

それがたまたま、扉が音を求めることもある。

何かが何かを求めるのは、別に特別なことじゃない。


この扉を吸音素材というにはおかしいかもしれない。

けれど、この扉は音を吸っていて、

ここの扉である以上、役目を全うしている。

音屋にいってみたら、少し、この扉に触れてみてもいいかもしれない。

もしかしたら、音の振動とは少し違う、

脈打つ感覚を感じられるかもしれない。

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