目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第493話 不審物

斜陽街三番街、がらくた横丁の螺子師の店。

今日も螺子師は元気に店を開けるところだ。

頭の螺子もおさまっている。

身体の螺子の調子もよし。

ここで言う螺子とは、螺子師という職業のものが感じ取れる、

身体の調子をつかさどるものである。

螺子が緩んでも締まりすぎてもいけない。

ちょうどいい状態にして、心身の調子を整える職業。

それが螺子師である。


螺子師はがらくた横丁に面するシャッターを開ける。

あまり大きくないそれを開けて、伸びをひとつ。

体操をちょっとして、いい気分。

さて、道具の手入れも念入りにするかなと、

螺子師が店の中に行こうとすると、

さっきは気がつかなかったけれど、

シャッターの降りていたあたりに、小さな箱。

「なんだこれ」

明確な不審物ではない。

ただ、斜陽街という町である以上、

何を起こすかわからないものも多いのは事実。

どうしたものかなと螺子師は考える。

考えていて、ある気配に気がつかなかった。

「見たところ何の変哲もない箱だね」

「でも、ここは斜陽街だしなぁ…」

と、螺子師が誰のものとも知れない声に答えたところで、

螺子師ははっと気がつく。

「螺子ドロボウ!」

「やぁ」

螺子ドロボウはいつものまじめにふざけた感じを崩さず、

笑顔を浮かべて挨拶する。

「いつもなら気配だけで噛み付いてくるのに、珍しいね」

「うるさい!」

螺子師は臨戦態勢を取ろうとする。

螺子ドロボウはすっと距離をつめて、

「これがパンドラの箱だったら、面白いと思うな」

と、螺子師の耳元でささやく。

「パン…いや、お前にこの箱は渡さない。危ない、絶対」

「ふーん…そういわれると欲しくなるから、…いただいたよ」

「なっ」

気がつけば不審な箱は螺子ドロボウの手の中に。

「追いかけて取り返してごらんよ」

「箱を返せっ!」

螺子ドロボウは逃げて、螺子師が追う。

いつもの斜陽街の風景である。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?