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第498話 田舎

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


アキという少女が、列車に乗っていた。

田舎に行く列車で、客は少ない。

時期としては夏休みで、列車の外は照りつける太陽。

空焚きしたような地面。

アキが外を見ると、それなりにのどかな田園風景。

のどかで、そして、限りなく夏だ。


列車の中は、扇風機が申し訳程度と、

一応の空調がかかっている。

外に出たら暑いだろうなとアキは思い、

また、そうでなければ夏休みって感じがしないとも思う。

アキは夏休みを田舎に過ごす予定で、

この列車に乗っている。

都会でも夏休みの時間はすごせるが、

ただ、アキはちょっと冒険みたいなものをしたかったし、

なにより、夏を全身で感じてみたかった。


この夏は一度きり。

求めようが、拒絶しようが、

どんなことしてもこの夏は一度しか来ない。

そして、永遠の夏休みなどありえない。


アキは、列車の向かう、田舎に思いをはせる。

そこにはどんなものがあるだろうか。

何もないなら、そこはどういうところだろうか。

未知はアキの求めるところで、

夏の日差しのようにアキははじけてみたかった。

都会が嫌いなわけではない。

都会には図書館もあるし、よく知ったお菓子だってある。

でも、都会の夏は、なんだろうとアキは思う。

「狭い夏?」

アキはつぶやく。

空も部屋も狭い夏に、閉じ込められたくない。

アキとしては、そんなとりあえずの結論を出す。


列車はがたごと。

決して乗り心地がいいわけでない。

アキにとっては田舎の全てがまだ未知で、

この列車で行くところの、次の駅を降りるという情報と、

親戚が待っているはずという情報。

それ以外は何もわからない。

とても小さなときに行ったきりだという。

不思議と不安はなくて、

どうにかなるという、受身よりも、

どうにかしてやるという、ちょっと攻めの姿勢。


何かが待っている予感だけはある。

早く会いたい、アキは強くそう思う。

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