斜陽街番外地。鳥篭屋。
鳥篭屋のおばさんは、いつものように鳥篭を作っている。
鳥篭屋の鳥篭は、
使うと戻りたいところに戻れる。
どうやって使うのかなど、明確なことはわからない。
ただ、使ったと思えば使ったということで、
使えば、戻りたい場所に戻れる。
おばさんは鳥篭を求めてやってくる人にそう説明する。
戻りたい場所。
それはどこだろうか。
誰かの問いに、おばさんはせんべいをバリンとして、
もぐもぐと食べてから、お茶まですすって。
ため息をちょっと荒くついて、答えた。
「心が求める場所、それが答えさ」
多分お客はわからないという反応をした。
おばさんはお茶をもう一口すすって、
「故郷かもしれない。故郷に戻りたくなければ別のところさ」
お客は、わからないなりに鳥篭を手に取った。
「お行き。あんたの求める故郷ってのも、あってもいいのさ」
それからのことはわからない。
ただ、おばさんがいつものようにいた、それだけだ。
鳥篭屋のおばさんは、
恰幅のいいパワフルなおばさんだ。
乱暴なわけではない。
女性がきちんと熟して持った強さと、
隠れがちだけど優しさも兼ね備えている。
優しいから、誰もがどこかへ帰れる、
鳥篭みたいなものが作れるのかもしれない。
鳥篭屋のおばさんは、
誰も、どこかへ帰れると信じている。
遠い遠い、物理的に帰れない場所にだって、
鳥篭があれば、距離を越えて帰れる。
そういう場所に帰れる手助けのため。
それから、誰もどこか帰る場所がある、それを求めている。
鳥篭屋はそれを感じる。
だから鳥篭を作る。
名前もわからない誰か。
性別すら忘れてしまった誰か。
存在さえ曖昧な誰か。
帰りたい誰かのため、鳥篭はいつも並んでいなければならない。
帰ろう、心の故郷に。
帰りたい場所、誰にもそういう場所がある。
そういう場所が心にあるから、今をがんばれるのだ。