これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
司書のアルファは、羅刹を連れて、
図書館の中を歩き出す。
「雨と戦うのが司書の役目なんだけどね」
「滲ませるんでしたっけ。雨とは?」
「雨は、もともと司書の女。ただ、本に魅入られすぎているの」
アルファは説明する。
通称・雨とは、
この図書館で司書として育ち、様々の教育を受けた。
そして、どこか遠くの町に行った際、
彼女は雨が運んでくる本に魅入られてしまった。
雨が運んでくる本はなんと魅力的なことか。
情報を軽く飛び越えている存在がある。
滲む情報など滲んで消えてしまえ。
あってもなくても、滲むなら要らない物だ。
「…で、通称・雨という彼女になった」
「なるほど」
「厄介なことに、彼女に同調している司書もいて」
「滲むべし、と?」
「うん、だから、この戦いは内乱でもあるわけ」
「それで、どこに行くのでしょう」
「とりあえずオフィス。みんながいるわ」
アルファはすたすたと歩く。
図書館の中は、靴音があまり反響しないようだ。
本が無限にあるように思われる中、静かだ。
アルファは、本の森が開けたところにある、扉をノック。
「誰だ?」
「アルファ。使えそうな奴を連れてきた」
扉が開き、銀髪の優男が顔を出す。
「よぉ。まぁ入れ。菓子くらいは出す」
優男に悪い気配はないと羅刹は感じる。
「あなたはアルファさんの仲間?」
「ああ、ベータって言う。よろしく」
「羅刹です。よろしく」
「雨のことは聞いたか?」
「ある程度は」
「そうか。まぁ、茶でも飲むか。空腹で戦える奴を俺はあまり見たことがない」
ベータがオフィスの中に戻り、アルファと羅刹が続く。
「外は雨だ。奴らも動き出すだろうよ」
ベータがつぶやく。
「しかし、本当に雨が運んでくる本があるのですか?」
羅刹は訊ねる。
「一冊だけ、この図書館にもあるという」
アルファが答える。
「ただ、蔵書録にも載っていないので、この森から探すのは、無理と思っていい」
静かなオフィスの中。
茶の香りだけほのかに。