これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
探偵は、扉をくぐって、貼紙街にやってきた。
そこは通りに誰もいない町。
明かりも頼りなく街灯が揺れている程度で、
店が営業しているとか、そういった類の明かりはない。
街灯は、貼紙を読ませるためのものらしく、
その近くにいくつもいくつも貼紙が貼られている。
壁という壁に貼紙が貼られていて、
その数無数。
暗い町は、以前何かの折で行った、ゴブリンの町を思い出させる。
あれはアイスクリームを買いに行ったときだったか。
誰もいない。
風が吹いて、はがれかけの貼紙を揺らす。
これだけあればどんな依頼もあるだろう。
探偵は町を歩く。
迷路の様でもあり、また、城塞都市も思わせる。
どこか遠くの異国を思う。
迷って扉を見失ったらどうなるんだろうなと探偵は思う。
少し考え、ここの住人になるのかもなと思う。
迷いました、私を扉の場所まで連れて行ってくださいという、
依頼を貼紙に書いて、ここの町のどこかにいるのだろうと思う。
貼紙街の貼紙が消えないのは、
そういうわけなのかなと探偵は思う。
貼紙は大通りから路地にいたるまで、
いたるところ、壁という壁を埋め尽くさん勢いで。
貼紙でこの町は作られましたといっても、
信じる人がいるかもしれない。
探偵は、そっと壁に触れてみる。
貼紙、その向こうにざらついた石造りの感触。
建物は、貼紙が貼られる以前からあったのだろう。
どうしてこうなったんだろう。
考えてもしょうがないことだし、
探偵は、歴史にはあまり興味はない。
ただ、依頼が無数にあるのが、面白いなという程度。
さて、どの依頼にしたものかな。
普通なら迷うであろう貼紙街の路地、
その町にはじめて来たはずの探偵は、
勘の赴くまま、迷わず飄々と歩いていく。
誰もいない。
風が吹いて、はがれかけの貼紙を揺らす。
探偵以外、誰もいない。
石畳の町を、探偵の靴音が響く。