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第508話 狐面

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


アキは目的の駅で降りて、親戚と会う。

「ひと夏お世話になります!」

アキは元気よく挨拶する。

親戚のおばさんは、お土産を持って、

アキのいる都会へとちょくちょくやってきていた。

顔は知っているし、感じのいい人だということも知っている。

おばさんは、ニコニコ笑いながら、

「こんな遠くまでよくきたね。何もないけどゆっくりしていきなさいな」

「はい!」

アキは元気よく答える。


アキとおばさんは、一時間に一本程度のバスに乗り、

田舎の駅からさらに田舎へと行く。

都会では見えない、山が迫ってくるような感じや、

森が公園でもないのに当たり前にあることとか、

田んぼばかりでしょう、と、おばさんは言うけれど、

アキは首を横に振って答える。

たくさんいろいろなものがあるよと、言いたいけれど、

言葉が出てこないほど、田舎というものに圧倒されている。

外はじりじりの夏。

バスはがたごと走っていく。


バス停で降りてからちょっと歩き、

アキはおばさんの家にやってくる。

大きな古いおうちだとアキは思った。

おばさんが家に入っていって、

アキも続こうとした。


からん


何かの音。

アキは反射的に振り返った。

生垣の影に人影。

「誰?」

アキは問いかける。

夏の日差しが雲の影になった感じ。

蝉の声が遠く。

吊るされているであろう風鈴が、遠く。

アキが歩き出そうとすると、人影はひょいとアキの前にやってきた。

狐面の少年。

アキはそれだけわかるまでに時間がかかった。


「僕は、ナツ」


狐面の少年は、それだけ言うとどこかに駆けていった。


あとにはかんかん照りの夏が、

何事もなかったかのように、騒々しくも静かな夏が。

夏は始まったばかり。

まだ始まったばかり。

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