これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
アキは目的の駅で降りて、親戚と会う。
「ひと夏お世話になります!」
アキは元気よく挨拶する。
親戚のおばさんは、お土産を持って、
アキのいる都会へとちょくちょくやってきていた。
顔は知っているし、感じのいい人だということも知っている。
おばさんは、ニコニコ笑いながら、
「こんな遠くまでよくきたね。何もないけどゆっくりしていきなさいな」
「はい!」
アキは元気よく答える。
アキとおばさんは、一時間に一本程度のバスに乗り、
田舎の駅からさらに田舎へと行く。
都会では見えない、山が迫ってくるような感じや、
森が公園でもないのに当たり前にあることとか、
田んぼばかりでしょう、と、おばさんは言うけれど、
アキは首を横に振って答える。
たくさんいろいろなものがあるよと、言いたいけれど、
言葉が出てこないほど、田舎というものに圧倒されている。
外はじりじりの夏。
バスはがたごと走っていく。
バス停で降りてからちょっと歩き、
アキはおばさんの家にやってくる。
大きな古いおうちだとアキは思った。
おばさんが家に入っていって、
アキも続こうとした。
からん
何かの音。
アキは反射的に振り返った。
生垣の影に人影。
「誰?」
アキは問いかける。
夏の日差しが雲の影になった感じ。
蝉の声が遠く。
吊るされているであろう風鈴が、遠く。
アキが歩き出そうとすると、人影はひょいとアキの前にやってきた。
狐面の少年。
アキはそれだけわかるまでに時間がかかった。
「僕は、ナツ」
狐面の少年は、それだけ言うとどこかに駆けていった。
あとにはかんかん照りの夏が、
何事もなかったかのように、騒々しくも静かな夏が。
夏は始まったばかり。
まだ始まったばかり。