これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
鎖師は扉を開いて、ゴブリン通りにやってきた。
比較的暗い通りだなと鎖師は思う。
街灯がぼんやりと暖かい明かりを投げかけているが、
一部しか照らせずに、照らせない闇は静かに暗いばかり。
鬼が住み着きやすい闇なのかなと鎖師は思う。
鎖師は鎖を持って、届け先へと向かう。
暗い通り。
遠くのほうでオモチャのピアノのふざけたような音が聞こえる。
そのあと、がしゃんと何かが壊れたような音が、やっぱり遠くで。
なんだろうかと鎖師は思う。
「ゴブリンだよ」
そっと話すその声は、鎖師のいる、小さな明かりの近くから。
車を店に改造した屋台だ。
ひげをちょぼちょぼ生やしたおじさんがいる。
「ゴブリン?」
「そう、ここの通りに住み着いている悪戯が好きな鬼だよ」
「あなたは?」
「アイスクリーム屋だよ。ゴブリンはアイスが苦手なんだ」
「アイスが苦手?」
「そう、ゴブリンは熱いものだ。加えて薬草も苦手さ」
「そういうものなのね」
鎖師は勝手に納得する。
「ひとつどうだい。薬草アイスでも」
「いえ、鎖を届けなくちゃいけないの。いずれ、また」
「そうかい、それは残念だ」
アイスクリーム屋は、無理は言わない。
「そういえば」
鎖師は話し出す。
「クビキリが出るという噂を聞きましたけど」
「ああ、クビキリか。あれは鬼じゃない。魔だね」
「違うのですか?」
「ああ、クビキリは魔だ。魔には魔除が要る」
「まよけ、ですか」
「持っていないゴブリンがたまにクビキリにあっている」
「アイスクリームは?」
「どちらにも有効だよ」
鎖師は納得する。
多分、アイスクリームはクビキリにも有効だ。
薬草のそれが効き目があるに違いない。
遠くでオモチャのピアノがむちゃくちゃに鳴っている。
それが不意にがしゃんと途切れた。
「ゴブリンがやられたかもしれないな」
アイスクリーム屋がつぶやく。
鎖師は一礼して、ゴブリン通りを歩き出す。