これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
入道は家具を持って森を歩き、
ウツロ少年が後についてくる。
森は相変わらず暗く、時々暗がりの鳥が鳴く声や、
遠く遠くの獣の声が聞こえる。
ウツロはいちいち驚くことはしないが、
この森に安心しているとも思えず、
それこそが、ウツロが虚ろたるゆえんかもしれないし、
ウツロの言うところの、よくわからなくなっている状態なのかもしれない。
やがて、森の奥からほのかな明かり。
「あれは?」
「あれは珈琲屋でござる。コーヒーという飲み物を出してくれるお店でござる」
「こーひー」
ウツロは復唱する。
入道はうなずき、のっしのっしと珈琲屋に向かって歩く。
ウツロもひとつうなずいて、続く。
白い漆喰の壁に、赤い屋根。
窓からは明かりと、コーヒーの香りがもれている。
黒い扉には、「狼珈琲店営業中」と、かかっている。
入道はその扉を開ける。
「いらっしゃい」
奥から青年が顔を出す。
黒い長い髪に、黒い服。黒い狼の耳を頭に。
少しばかり鋭い目つきをしている。
「オオカミ殿。頼まれていた家具でござる」
入道は、そういって家具を下ろす。
ずん、と、それなりの音がする。
「ありがと、で、そっちはどなただい?」
「そちら、森で見つけたウツロ殿でござる」
「へぇ、ウツロね。何であっても客は客だな」
オオカミ青年は、少し考え、
「ウツロってのは、名前かい?それとも、何かがないのかい?」
「拙僧には、よくわからなくなっていると話し申した」
「そうか、わからなくなってるなら、トリップの属性はちと危険だな」
オオカミ青年は少し考え、
「ウサギの方がこういうのは間違いがないだろうなぁ…」
オオカミ青年はため息を軽く。
当のウツロは、
狼珈琲店の並べられているコーヒー豆の瓶や、
ぴかぴかの器具の類や、ちょっと古びたコーヒーミルなんかを、
きょろきょろしながら見ている。
オオカミ青年はウツロと入道に水を出して、
「ちょっと家具を移動させるから、適当にそのあたり見ててくれ」
オオカミ青年はカウンターの中から出る。
入道が手伝い、ウツロはコップに入った水をじっと見つめて、飲んだ。