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第510話 来店

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


入道は家具を持って森を歩き、

ウツロ少年が後についてくる。

森は相変わらず暗く、時々暗がりの鳥が鳴く声や、

遠く遠くの獣の声が聞こえる。

ウツロはいちいち驚くことはしないが、

この森に安心しているとも思えず、

それこそが、ウツロが虚ろたるゆえんかもしれないし、

ウツロの言うところの、よくわからなくなっている状態なのかもしれない。


やがて、森の奥からほのかな明かり。

「あれは?」

「あれは珈琲屋でござる。コーヒーという飲み物を出してくれるお店でござる」

「こーひー」

ウツロは復唱する。

入道はうなずき、のっしのっしと珈琲屋に向かって歩く。

ウツロもひとつうなずいて、続く。


白い漆喰の壁に、赤い屋根。

窓からは明かりと、コーヒーの香りがもれている。

黒い扉には、「狼珈琲店営業中」と、かかっている。

入道はその扉を開ける。


「いらっしゃい」

奥から青年が顔を出す。

黒い長い髪に、黒い服。黒い狼の耳を頭に。

少しばかり鋭い目つきをしている。

「オオカミ殿。頼まれていた家具でござる」

入道は、そういって家具を下ろす。

ずん、と、それなりの音がする。

「ありがと、で、そっちはどなただい?」

「そちら、森で見つけたウツロ殿でござる」

「へぇ、ウツロね。何であっても客は客だな」

オオカミ青年は、少し考え、

「ウツロってのは、名前かい?それとも、何かがないのかい?」

「拙僧には、よくわからなくなっていると話し申した」

「そうか、わからなくなってるなら、トリップの属性はちと危険だな」

オオカミ青年は少し考え、

「ウサギの方がこういうのは間違いがないだろうなぁ…」

オオカミ青年はため息を軽く。


当のウツロは、

狼珈琲店の並べられているコーヒー豆の瓶や、

ぴかぴかの器具の類や、ちょっと古びたコーヒーミルなんかを、

きょろきょろしながら見ている。

オオカミ青年はウツロと入道に水を出して、

「ちょっと家具を移動させるから、適当にそのあたり見ててくれ」

オオカミ青年はカウンターの中から出る。

入道が手伝い、ウツロはコップに入った水をじっと見つめて、飲んだ。

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