夜羽は相変わらず歌声を頼りに歩いている。
どこまで歩けばあなたに、歌姫に会えるのか。
問いかけてもしょうがないことを、妄想屋の夜羽はよくわかっている。
ただ、歌姫を求めて歩くだけ。
彼女の声がどうして夜羽に届くのか。
疑問に持つだけ愚かなのかもしれないし、
または、夜羽の抱いた妄想かもしれない。
それでも、妄想にしては、歌姫の歌はすばらしいし、
こんなすばらしいものが、
夜羽の内側から生まれて、夜羽を感動させるのもおかしい。
だから、この歌は外部からのもので、どこかに歌姫がいるはず。
夜羽が歌姫を探し歩くのは、その程度の理由だ。
夜羽は夕焼けの線路を歩く。
周辺は何かの畑らしい。
そして、線路は、しばらく使われていないかのように、
草がぴょんぴょん飛びだしている。
夕焼けの中、線路に夜羽の影が伸びる。
風がさわさわなる中、夜羽は一人で線路の上を歩いている。
誰もいない。
耳に歌姫の歌が微かにあるばかり。
「きこえますか」
不意に、歌が止まり、
歌姫のものらしい、言葉が届いた。
「私はここにいます。あなたは、聞こえますか、届いていますか」
夜羽は線路の中で立ち止まった。
答えを用意していなかった。
歌姫はしばらくの沈黙のあと、
また、歌を歌い始めた。
どう答えれば歌姫に届くだろう。
歌姫の歌はすばらしいと、この耳に届いていると、
そういった言葉を、まだ見ぬ歌姫にどう届けたらいいだろう。
夜羽はしばらく線路の上でぼんやりする。
そしてまた、歩き出す。
歌の響くほうに向かって。
微かな歌が指し示すほうに向かって。
歌姫は存在する。
夜羽は確信らしいものを持つ。
たとえ妄想であったとしても、それを頼りに人は生きるものだ。
そして、妄想でないのならば、
なおさら人を求めて人は生きるものだ。
夜羽はそんなことを、ちらと思ったけれど、
しばらく歩いているうちに、風がさらって、哲学なんて消えてしまうかもしれない。