これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
オフィスは静かに。
司書の主義が分裂して戦っているのが嘘のように静かに。
菓子をつまむ音と、茶のよい香り。
外の天気は雨であるらしい。
ならば通称・雨の彼女達も動くのではないか。
ベータという司書はそんなことを言っていた。
羅刹は菓子を口にしながら考える。
雨が運ぶ本に魅入られたから、
情報を滲ませる存在となった、通称・雨。
羅刹自身は、情報がとても大切だとはあまり思っていない。
消えるならしょうがないとすら思っている節もある。
それでも、情報が全て消えてしまっては、
それはそれで意味がなくなるものがある。
物語というものがそれだと思うし、
洗い屋は時々物語を読んでいる。
羅刹の行動基準はそんなところだ。
たとえば、屋外の貼紙が風雨にさらされ意味をなくすように、
雨で滲む情報は儚いものかもしれない。
それでもまた貼紙は貼られるのだろうし、
主義主張は消えないものであるかもしれない。
情報は新しいものに更新される。
けれど、古いものが全て滲んでよしとはいえない。
図書館は古い情報も新しい情報も、
ひとつにまとめて解放する場だと羅刹は記憶している。
通称・雨は、決して情報の規制をしようとしているのではないだろうが、
情報を溺死させようとしているように羅刹は思う。
「アルファさん」
羅刹は声をかける。
「なに?」
「あとでおすすめの本を教えてください」
「どんな人が読むの? あなた?」
「いえ…姉、のような人です」
「女性ね、わかった」
アルファは微笑む。
「司書らしい仕事が出来るって、嬉しいわね」
茶を飲み終えたベータが、武器の手入れを始める。
「ぼちぼち準備しよう。本と俺達が生き残らないといけない」
「そうね、本を守り、自分を守り。言葉を残すのが役目だから」
言葉を残す。
羅刹は何を残せるだろうか。
少し考えた程度では答えは出ない。