これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
探偵は貼紙街を歩く。
誰もいない。
石を積まれて作られた町に、探偵の靴音が響く。
壁には貼紙が無数に。
雨が降れば滲むだろうそれは、
無言の執念か、何度も何度も貼られたのだろう。
ぼろぼろの上に新しいものが貼られ、
それが何度も繰り返されている。
こんなに無数の貼紙があるのなら、
貼っている最中の誰かに会ってもいいだろうに、
相変わらず町は無人のようであり、
そのくせ貼紙を見ると、かなり新しいものが貼られている。
暗い町をこつこつと足音が響く。
石を積んで出来るのは、地震のない国でないといけないなとか、
貼紙が山ほど貼れるのは、雨の少ない場所でないといけないなとか、
これほどの貼紙をしている人間は、
やっぱり建物の中で待っているのだろうか。
などと、探偵は思いをめぐらせる。
斜陽街からすれば異国。
貼紙の言葉はわかるけれど、
扉をくぐればたいてい異国だ。
そして、人はいないけれど、ここは滅んだ町ではない。
探偵の勘がつげている。
みんな、待っているんだ。
貼紙を読んで、依頼を聞き届けてくれる人を待っているのだと。
風が吹く。
その風に小さなため息を探偵は感じた気がした。
今日も誰も来なかったという、ため息だろうか。
石造りの迷路のような町。
貼紙街は迷わせるためのようなつくり。
誰もいないけれど誰かが待っている。
探偵は、異国の物語に出てきそうな町だと思った。
ならば探偵は迷い込んだ異邦人だろうか。
その役も悪くはない。
さて、どんな依頼を引き受けるべきだろうか。
探偵は勘の赴くままに歩く。
靴の音が響く。
通りには探偵以外誰もいない。
風に吹かれ、貼紙が一枚はがれかかる。
探偵はその貼紙を手に取る。
ざっと目を走らせ、
「決めた」
と、探偵はつぶやき、
一枚の貼紙を手にしてまた歩き出した。