目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第517話 無人

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


探偵は貼紙街を歩く。

誰もいない。

石を積まれて作られた町に、探偵の靴音が響く。

壁には貼紙が無数に。

雨が降れば滲むだろうそれは、

無言の執念か、何度も何度も貼られたのだろう。

ぼろぼろの上に新しいものが貼られ、

それが何度も繰り返されている。

こんなに無数の貼紙があるのなら、

貼っている最中の誰かに会ってもいいだろうに、

相変わらず町は無人のようであり、

そのくせ貼紙を見ると、かなり新しいものが貼られている。


暗い町をこつこつと足音が響く。

石を積んで出来るのは、地震のない国でないといけないなとか、

貼紙が山ほど貼れるのは、雨の少ない場所でないといけないなとか、

これほどの貼紙をしている人間は、

やっぱり建物の中で待っているのだろうか。

などと、探偵は思いをめぐらせる。

斜陽街からすれば異国。

貼紙の言葉はわかるけれど、

扉をくぐればたいてい異国だ。

そして、人はいないけれど、ここは滅んだ町ではない。

探偵の勘がつげている。

みんな、待っているんだ。

貼紙を読んで、依頼を聞き届けてくれる人を待っているのだと。

風が吹く。

その風に小さなため息を探偵は感じた気がした。

今日も誰も来なかったという、ため息だろうか。


石造りの迷路のような町。

貼紙街は迷わせるためのようなつくり。

誰もいないけれど誰かが待っている。

探偵は、異国の物語に出てきそうな町だと思った。

ならば探偵は迷い込んだ異邦人だろうか。

その役も悪くはない。

さて、どんな依頼を引き受けるべきだろうか。

探偵は勘の赴くままに歩く。

靴の音が響く。

通りには探偵以外誰もいない。


風に吹かれ、貼紙が一枚はがれかかる。

探偵はその貼紙を手に取る。

ざっと目を走らせ、

「決めた」

と、探偵はつぶやき、

一枚の貼紙を手にしてまた歩き出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?