これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
ゴブリン通りを鎖師は歩く。
ここを右にいってまっすぐ、さらに左折。
鎖師は地図のメモを見ながら歩く。
とにかく、作ったこの鎖を届けないといけない。
ゴブリンやクビキリにかまっている暇は、一応ない。
建物がぬっと立っている化け物のように、
取り囲んでいる気がしないでもない。
やや少ない明かりの中、
足元がぜんぜん見えないわけでないけれど、
何かが闇の中に潜むにはちょうどいい暗がり。
オモチャのピアノの音が乱暴にふざけたように。
あれはゴブリンの鳴らす音なのか。
さっきそういえば一つ壊れた音がしたけれど、
いくつもいるのか、ゴブリンというものは。
いや、何匹もというべきなんだろうか。
ゴブリンは熱いものだから、アイスクリームが苦手。
熱いものなら雨が降ったらどうなるのだろうか。
このあたりは雨なんて降らないんだろうか。
鎖師の耳に、異様な速度で近づいてくるオモチャのピアノの音。
鎖師は反射的に輝く鎖を構える。
熱が近づいてきているのを感じる。
乱暴なピアノの音、ふざけているような、狂ったような。
「上!」
鎖師は輝く鎖に命じる。
輝く鎖は上へとのび、適度なものを捕まえ、鎖師を引き上げる。
熱の塊がその下を通過していったのを感じる。
オモチャのピアノの音が遠ざかっていく。
気配が遠ざかっていったのを確認して、
鎖師は輝く鎖を仕舞って降り立つ。
「やれやれ、どこまで歩いたかしら」
メモをまた確認。
とにかく鎖を届けないと。
それが鎖師の当面の仕事だ。
「ああ、ここを左折ね」
鎖師は路地を見つけ、
程なくして届け先を見つける。
「やぁ、ご苦労様」
依頼人は、ゴブリン通りの路地の奥で待っていた。
「いつもならば宅急便屋が町にいるのですけど」
鎖師らしくなく、ちょっといい訳じみたことを言う。
「いや、ありがとう。鎖の作者に礼を言いたかったから、いいよ」
鎖師はぎこちなく、うなずいた。
こんな風に礼を言われることが慣れていないだけなのだ。
ゴブリンの熱より、顔が熱い気がした。