目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第519話 熱塊

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


ゴブリン通りを鎖師は歩く。

ここを右にいってまっすぐ、さらに左折。

鎖師は地図のメモを見ながら歩く。

とにかく、作ったこの鎖を届けないといけない。

ゴブリンやクビキリにかまっている暇は、一応ない。


建物がぬっと立っている化け物のように、

取り囲んでいる気がしないでもない。

やや少ない明かりの中、

足元がぜんぜん見えないわけでないけれど、

何かが闇の中に潜むにはちょうどいい暗がり。

オモチャのピアノの音が乱暴にふざけたように。

あれはゴブリンの鳴らす音なのか。

さっきそういえば一つ壊れた音がしたけれど、

いくつもいるのか、ゴブリンというものは。

いや、何匹もというべきなんだろうか。

ゴブリンは熱いものだから、アイスクリームが苦手。

熱いものなら雨が降ったらどうなるのだろうか。

このあたりは雨なんて降らないんだろうか。


鎖師の耳に、異様な速度で近づいてくるオモチャのピアノの音。

鎖師は反射的に輝く鎖を構える。

熱が近づいてきているのを感じる。

乱暴なピアノの音、ふざけているような、狂ったような。

「上!」

鎖師は輝く鎖に命じる。

輝く鎖は上へとのび、適度なものを捕まえ、鎖師を引き上げる。

熱の塊がその下を通過していったのを感じる。

オモチャのピアノの音が遠ざかっていく。


気配が遠ざかっていったのを確認して、

鎖師は輝く鎖を仕舞って降り立つ。

「やれやれ、どこまで歩いたかしら」

メモをまた確認。

とにかく鎖を届けないと。

それが鎖師の当面の仕事だ。

「ああ、ここを左折ね」

鎖師は路地を見つけ、

程なくして届け先を見つける。


「やぁ、ご苦労様」

依頼人は、ゴブリン通りの路地の奥で待っていた。

「いつもならば宅急便屋が町にいるのですけど」

鎖師らしくなく、ちょっといい訳じみたことを言う。

「いや、ありがとう。鎖の作者に礼を言いたかったから、いいよ」

鎖師はぎこちなく、うなずいた。

こんな風に礼を言われることが慣れていないだけなのだ。

ゴブリンの熱より、顔が熱い気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?