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第521話 漣

夜羽は相変わらず歩いている。

歌姫がいるであろう場所を探して。

ふと気がつけば足元にさざなみ。

海に出たらしい。


歌姫の歌は、夜羽を呼んでいるようであり、

そうでなく、誰かに聞いて欲しいだけかもしれないし、

あるいは。

あるいはなんだろう。

ただ、何かを求めているような感じはずっとしている。

歌姫の欲しがっているのはなんだろうか。

誰も知らない歌姫を、大々的に広めることだろうか。

何か違う気がする。

ただ、夜羽は歌姫に会ってみたい。

どこにいるのだろう。

そして、すばらしい歌はどこから生まれるのだろう。

夜羽にだけ届く奇跡的な歌声。

歌姫が求めるものとは違うのかもしれないけれど、

夜羽もまた歌姫を求めている。

どうしてかはわからない、すばらしい歌声だから、

それだけとは違う気がする。

夜羽にしては珍しく、言葉にしづらい。

世の中全てが言葉に出来るものじゃない。

けれど、この感覚を伝えるのは容易ではないなと思う。


夜羽はしばし海のほうを向いて立ち止まる。

さざなみがいくつも。

海の波の音は、歌のようであり、

寄せては返す永遠のような波は、

人の距離のようだと、少しチープなことを思う。

けれど、夜羽にとってはそう感じたことであり、

夜羽なりに歌をちょっと理解したかっただけである。

他意はない。

ただ、歌姫のすばらしい歌には、

どうしても届かないことがよくわかった。


夜羽はまた歩き出す。

やっぱり海の音は歌のようであり、

歌姫の歌とよく混じるような気がした。

海は数え切れない雨の流れでもあり、

人の戦いも、人の営みも、

それを超越しているものだと夜羽は思う。

空も、海も、人が感じるには時として大きすぎる。

ああ、だから、空や海に自由を感じずにはいられないんだろうな。


自由。

それは小さなことも大きなことも。

海の前には、人の自由なんて小さなことかもしれない。

さざなみが立っている。

その泡よりも、歌姫を探す夜羽は小さなものかもしれない。

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