夜羽は相変わらず歩いている。
歌姫がいるであろう場所を探して。
ふと気がつけば足元にさざなみ。
海に出たらしい。
歌姫の歌は、夜羽を呼んでいるようであり、
そうでなく、誰かに聞いて欲しいだけかもしれないし、
あるいは。
あるいはなんだろう。
ただ、何かを求めているような感じはずっとしている。
歌姫の欲しがっているのはなんだろうか。
誰も知らない歌姫を、大々的に広めることだろうか。
何か違う気がする。
ただ、夜羽は歌姫に会ってみたい。
どこにいるのだろう。
そして、すばらしい歌はどこから生まれるのだろう。
夜羽にだけ届く奇跡的な歌声。
歌姫が求めるものとは違うのかもしれないけれど、
夜羽もまた歌姫を求めている。
どうしてかはわからない、すばらしい歌声だから、
それだけとは違う気がする。
夜羽にしては珍しく、言葉にしづらい。
世の中全てが言葉に出来るものじゃない。
けれど、この感覚を伝えるのは容易ではないなと思う。
夜羽はしばし海のほうを向いて立ち止まる。
さざなみがいくつも。
海の波の音は、歌のようであり、
寄せては返す永遠のような波は、
人の距離のようだと、少しチープなことを思う。
けれど、夜羽にとってはそう感じたことであり、
夜羽なりに歌をちょっと理解したかっただけである。
他意はない。
ただ、歌姫のすばらしい歌には、
どうしても届かないことがよくわかった。
夜羽はまた歩き出す。
やっぱり海の音は歌のようであり、
歌姫の歌とよく混じるような気がした。
海は数え切れない雨の流れでもあり、
人の戦いも、人の営みも、
それを超越しているものだと夜羽は思う。
空も、海も、人が感じるには時として大きすぎる。
ああ、だから、空や海に自由を感じずにはいられないんだろうな。
自由。
それは小さなことも大きなことも。
海の前には、人の自由なんて小さなことかもしれない。
さざなみが立っている。
その泡よりも、歌姫を探す夜羽は小さなものかもしれない。