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第523話 地獄

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


螺子師は落ちていくであろう先を見る。

けれど、空の青が続くばかりで、

海も陸もあったものじゃない。

風はびょうびょうと。

螺子ドロボウは、とにかく現状を楽しんでいるようだ。

落ちていくだけでなく、くるくる回ってあちこち見ている。

余計なことをしなければいいがと螺子師は思う。


「あれ」

螺子ドロボウが何かに気がついた。

「落ちてきているね、同類かな」

螺子ドロボウが指し示す上のほう、

もっとも、上というのは落下の逆でしかないわけだけど、

そちらから、人らしいものが落ちてくる。

螺子師も気がつく。

斜陽街の連中だろうかと思ったが、

近づいてくるそれは、斜陽街の誰でもなかった。


それは軍人だった。

仮に名前をジョンとする。

ジョンは落下している。

政府とゲリラが戦う熱帯雨林でなく、

青い青い空の中を落下している。

俺は何をしたんだろうかとジョンは思う。

地獄のような戦場から、

ここにやってきて、これは夢だろうか。

夢なら終わってくれ。

空の果て、地面に激突して全部終わってくれ。

こんな地獄のような青い空の果てで、

戦場も果てのない空も、

全部全部終わってくれ。

俺が何をしたんだ。

俺は生き残りたかっただけなんだ。


軍人は落下していき、螺子師の視界から消えた。

「あれは夢が紛れ込んできたね」

螺子ドロボウは分析する。

「ここに果てがあるかはわからないけれど、入り口はいろいろあるね」

「なるほどな」

螺子師は一応肯定する。

そして、

「螺子ドロボウ」

「うん?」

「ここは地獄だと思うか?」

螺子師は問う。

「さぁ? 思えばどこだって地獄なんじゃない?」

螺子ドロボウはいつものように。


果て無き空は地獄か。

終わりがあるのは希望なのか。

せめて、夢の中でだけでも、

あの軍人が安らげたらいいと螺子師は思った。

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