これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
螺子師は落ちていくであろう先を見る。
けれど、空の青が続くばかりで、
海も陸もあったものじゃない。
風はびょうびょうと。
螺子ドロボウは、とにかく現状を楽しんでいるようだ。
落ちていくだけでなく、くるくる回ってあちこち見ている。
余計なことをしなければいいがと螺子師は思う。
「あれ」
螺子ドロボウが何かに気がついた。
「落ちてきているね、同類かな」
螺子ドロボウが指し示す上のほう、
もっとも、上というのは落下の逆でしかないわけだけど、
そちらから、人らしいものが落ちてくる。
螺子師も気がつく。
斜陽街の連中だろうかと思ったが、
近づいてくるそれは、斜陽街の誰でもなかった。
それは軍人だった。
仮に名前をジョンとする。
ジョンは落下している。
政府とゲリラが戦う熱帯雨林でなく、
青い青い空の中を落下している。
俺は何をしたんだろうかとジョンは思う。
地獄のような戦場から、
ここにやってきて、これは夢だろうか。
夢なら終わってくれ。
空の果て、地面に激突して全部終わってくれ。
こんな地獄のような青い空の果てで、
戦場も果てのない空も、
全部全部終わってくれ。
俺が何をしたんだ。
俺は生き残りたかっただけなんだ。
軍人は落下していき、螺子師の視界から消えた。
「あれは夢が紛れ込んできたね」
螺子ドロボウは分析する。
「ここに果てがあるかはわからないけれど、入り口はいろいろあるね」
「なるほどな」
螺子師は一応肯定する。
そして、
「螺子ドロボウ」
「うん?」
「ここは地獄だと思うか?」
螺子師は問う。
「さぁ? 思えばどこだって地獄なんじゃない?」
螺子ドロボウはいつものように。
果て無き空は地獄か。
終わりがあるのは希望なのか。
せめて、夢の中でだけでも、
あの軍人が安らげたらいいと螺子師は思った。