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第527話 話

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


石畳に探偵の靴がこつこつと。

誰もいない貼紙街に靴音が響き、

無数の貼紙が風に吹かれて、

ここにいるよここにいるよと。

この依頼を見てと、依頼を引き受けてと。

貼紙が悲痛なほどの音のない叫びのように。


探偵は、いつもの勘のまま、迷うことなく貼紙街を歩く。

探偵は依頼をもう決めた。

勘のままに手にした貼紙を持って、

探偵は石造りの異国、貼紙街を右へ左へと歩く。

暗い貼紙街、ところどころの明かりが頼り。

明かりは少しだけあたたかい色彩で、

それでも照らすのは、探偵か貼紙程度な物だけども。


探偵は、いくつも貼紙街の路地を歩き、

ひとつの行き止まりのドアを見つける。

ためらうことなく、ノック。

ノックの音はやけに貼紙街に響く。

ドアが開く、隙間程度。

誰、とも、聞かない。

探偵は名乗るくらい必要かと思ったが、

「はいって」

中から声がして、探偵は声に従うことにした。


するりと入り込んだドアの中は、

明かりがひとつだけの部屋。

家具のほとんどない、

いる、だけの部屋。

そこに、少年が一人。


探偵は貼紙を示す。

「依頼を引き受けて、ここに来た」

少年はうなずいた。

「僕はツヅリといいます。依頼は…」

「書いてある。話を聞かせてくれということだな」

「はい」

「それだけでいいのか?」

「はい」

ツヅリはうなずく。


「話を聞かせてください。どんなのでもいいです」

「どのくらい?」

「たくさん、たくさん」

探偵は語りだそうとして、

「ひとつだけ聞きたい。この町はどういう町なんだ」

「望みの吹き溜まりの町です」

ツヅリはさびしそうに言う。

「望みは、どこかでかなえられる。この町は望みがかなう町」

「なるほど、望みをかなえる誰かが来る町、と」

「そうして、みんな依頼を書いて待つんです」

「なるほどな。少しわかった」


探偵なりに納得すると、

探偵は話をはじめた。

扉一枚向こうの話、そんな話を。

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