これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
石畳に探偵の靴がこつこつと。
誰もいない貼紙街に靴音が響き、
無数の貼紙が風に吹かれて、
ここにいるよここにいるよと。
この依頼を見てと、依頼を引き受けてと。
貼紙が悲痛なほどの音のない叫びのように。
探偵は、いつもの勘のまま、迷うことなく貼紙街を歩く。
探偵は依頼をもう決めた。
勘のままに手にした貼紙を持って、
探偵は石造りの異国、貼紙街を右へ左へと歩く。
暗い貼紙街、ところどころの明かりが頼り。
明かりは少しだけあたたかい色彩で、
それでも照らすのは、探偵か貼紙程度な物だけども。
探偵は、いくつも貼紙街の路地を歩き、
ひとつの行き止まりのドアを見つける。
ためらうことなく、ノック。
ノックの音はやけに貼紙街に響く。
ドアが開く、隙間程度。
誰、とも、聞かない。
探偵は名乗るくらい必要かと思ったが、
「はいって」
中から声がして、探偵は声に従うことにした。
するりと入り込んだドアの中は、
明かりがひとつだけの部屋。
家具のほとんどない、
いる、だけの部屋。
そこに、少年が一人。
探偵は貼紙を示す。
「依頼を引き受けて、ここに来た」
少年はうなずいた。
「僕はツヅリといいます。依頼は…」
「書いてある。話を聞かせてくれということだな」
「はい」
「それだけでいいのか?」
「はい」
ツヅリはうなずく。
「話を聞かせてください。どんなのでもいいです」
「どのくらい?」
「たくさん、たくさん」
探偵は語りだそうとして、
「ひとつだけ聞きたい。この町はどういう町なんだ」
「望みの吹き溜まりの町です」
ツヅリはさびしそうに言う。
「望みは、どこかでかなえられる。この町は望みがかなう町」
「なるほど、望みをかなえる誰かが来る町、と」
「そうして、みんな依頼を書いて待つんです」
「なるほどな。少しわかった」
探偵なりに納得すると、
探偵は話をはじめた。
扉一枚向こうの話、そんな話を。