これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
狼珈琲店のカウンターの中。
ウサギ青年はお茶の準備をしている。
オオカミ青年がお湯を沸かしている。
「僕らはいつだって浮き沈みする儚いもの」
ウサギ青年は言葉を呪文のように。
「紺碧の空の下の自由がそうであるように」
お湯が適温になったことを、オオカミ青年はうなずいて示す。
ウサギはうなずいて答える。
ウサギは楽しそうに、無駄の一切ない手際でお湯を操ってお茶をいれる。
ウツロの中には何もない、
それはウツロがそう感じていたのだから、そうかもしれない。
けれど、今、ウツロが感じることがある。
これは、魔法のようだと。
魔法なんて言葉は、どこから来たのだろう。
ウツロの外側から言葉はいつでもやってくる。
ウサギがカップにお茶を注ぐ。
ウツロの分、入道の分、オオカミの分、ウサギの分、もうひとつ。
注ぎ終わって一滴の残りもないことを確認したそのとき、
ウサギは顔を上げて、
「いらっしゃい」
と、笑顔で迎えた。
やってきたのは少女で、
当然、面食らった顔をしている。
「今おいしいお茶が入ったところです。どうぞ、お嬢さん」
ウサギはカウンター席に茶を運び、
オオカミは焼き菓子の盛り合わせを準備する。
「遠いところからようこそ、お嬢さん」
ウサギは笑顔で。
少女は店の中を見回す。
「迎えられた時はどうしようかと思ったわ」
少女の言葉に、オオカミがウサギを小突く。
「あたしは、キュウ。そこの少年を探しに来たの」
「では、連れて帰って終わりですか?」
「いいえ、おいしいお茶に出迎えられたのですもの」
キュウは華やかに笑う。
「このお茶を飲まずに帰るなんて、アホのすることだわ」
儚いものだとしても、
儚いものこそ、一瞬の輝きを知っている。
一杯のお茶が、きらきらとした魔法をまとっていることも。
そのお茶を楽しむ友人がいることも。
その時間が、魔法をかけられたように楽しいものであることも。
儚いから輝くものもある。