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第533話 顔

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


果ての見えない空の中。

螺子師と螺子ドロボウは落ち続けている。

海も地上も見えやしない。

どこまで続くのか。

それを考えるのは、野暮か愚かと言うものだろうか。


風はびょうびょうと。

螺子ドロボウは状況を楽しんでいる節があるけれど、

螺子師はとにかくこの状況を、

斜陽街の住人なりではあるけれど、理解に努める。

落下し続ける円環のような空なのだろうか。

つながっているけれど、閉じた空。

しかし、ここに入ることが出来たのならば、

どこかにほころびがあるはずだ。

螺子師はそう考える。


「諸君、落下を楽しんでいるかな」

不意に、声。

螺子師は声のほうを探す。

螺子ドロボウが少し早く、声の主を見つける。

「あんたは、なに?」

何と問われたそいつは、雰囲気は螺子ドロボウと少し似ている。

けれど、決定的に違うものがある。

顔が、見えない。

合成屋のように仮面をかぶっているのではなく、

顔を顔として認識できない。


でも、きっとこいつは笑っているんだ。

螺子師はそう思う。


「私は怪盗アーカイブという、落下の果てにいるものだ」

「果てに?」

螺子師は問う。

「この落下とは違うかもしれない。けれど、どこかの落下の果てにいる」

アーカイブと名乗るそいつは見えない顔で笑う。

「ならば、ここが果てなのか?」

螺子師は再び問う。

「どうだろうな、果てを求めれば、どこでも果てであろうよ」

「あいにく、ここを果てと思いたくはない」

螺子師は答える。

「ほう、ではどこが?」

アーカイブが問う。

「あの街の空が、行き着く果てなんだ。多分」


螺子師は斜陽街に一瞬思いをはせる。

ごみごみしたガラクタ横丁のことを思う。

その一瞬で怪盗アーカイブはどこかに掻き消えてしまった。


「あいつは?」

「さぁ?」

螺子ドロボウも、アーカイブの掻き消えた先を知らない。

どんな顔なのか、最後までわからなかった。

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