これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
果ての見えない空の中。
螺子師と螺子ドロボウは落ち続けている。
海も地上も見えやしない。
どこまで続くのか。
それを考えるのは、野暮か愚かと言うものだろうか。
風はびょうびょうと。
螺子ドロボウは状況を楽しんでいる節があるけれど、
螺子師はとにかくこの状況を、
斜陽街の住人なりではあるけれど、理解に努める。
落下し続ける円環のような空なのだろうか。
つながっているけれど、閉じた空。
しかし、ここに入ることが出来たのならば、
どこかにほころびがあるはずだ。
螺子師はそう考える。
「諸君、落下を楽しんでいるかな」
不意に、声。
螺子師は声のほうを探す。
螺子ドロボウが少し早く、声の主を見つける。
「あんたは、なに?」
何と問われたそいつは、雰囲気は螺子ドロボウと少し似ている。
けれど、決定的に違うものがある。
顔が、見えない。
合成屋のように仮面をかぶっているのではなく、
顔を顔として認識できない。
でも、きっとこいつは笑っているんだ。
螺子師はそう思う。
「私は怪盗アーカイブという、落下の果てにいるものだ」
「果てに?」
螺子師は問う。
「この落下とは違うかもしれない。けれど、どこかの落下の果てにいる」
アーカイブと名乗るそいつは見えない顔で笑う。
「ならば、ここが果てなのか?」
螺子師は再び問う。
「どうだろうな、果てを求めれば、どこでも果てであろうよ」
「あいにく、ここを果てと思いたくはない」
螺子師は答える。
「ほう、ではどこが?」
アーカイブが問う。
「あの街の空が、行き着く果てなんだ。多分」
螺子師は斜陽街に一瞬思いをはせる。
ごみごみしたガラクタ横丁のことを思う。
その一瞬で怪盗アーカイブはどこかに掻き消えてしまった。
「あいつは?」
「さぁ?」
螺子ドロボウも、アーカイブの掻き消えた先を知らない。
どんな顔なのか、最後までわからなかった。