斜陽街二番街。通称洗い屋。
人懐っこい女性が、何でも洗ってくれる店だ。
何でも、だ。
お皿、汚れ物、衣類、
身体の外側、内臓、あるいは、心も。
洗い屋の女性は、洗い屋の名にかけて何でも洗う。
それほど、名に固執しているわけではないが、
ただ、きれいになって喜ばれるのがとても嬉しい。
ただ、それだけが原点なのかもしれない。
この日、洗い屋はいつものように店の中をぴかぴかにしていた。
弟のような彼がいつ帰ってきても大丈夫なように、
洗う準備も整えておく。
いつもどこかで傷ついている彼であるから、
精一杯洗いたいと、洗い屋の女性は思う。
洗い屋の入り口のドアが、軽くノックされる。
「はーい、どうぞー」
答えると、
軽いドアが開き、ふよふよ浮いている魚が一匹入ってきた。
お寺なんかにいる鯉程度の大きさの、
色とりどりの色をまとった魚。
斜陽街の住人の、シキである。
「よぉ」
シキはヒレを上げて挨拶する。
「こんにちは、どこか洗いますか?」
「色落ちしない程度に洗ってくれないか。大事な色なんだ」
「はい」
洗い屋はうれしそうに答えて、
慣れた手順であるかのように、シキを洗いにかかる。
洗うのに初めても常連もない。
ただ、きっちり洗うだけだ。
「きれいな色彩ですよね」
「ああ、落とさないでくれよ」
「大丈夫です」
はっきり言い切る洗い屋の女性に、
シキは夢見心地でぽこぽこと泡のように言葉を吐く。
「俺が求めて求めて、ようやく手に入れた色なんだ」
「大丈夫です。存在のすべてをかけた色は、私でも落とせません」
「そういうものなのか?」
「ええ、でも、私も洗い屋の腕にかけて、洗います」
洗い屋は、シキの魚の体をごしごしと。
「洗って真っ白になるかなとおもうけど、違うんだな」
「ええ」
洗い屋は肯定する。
「色彩を生かせない洗い屋は、二流ですよ」
洗い屋は弟のような彼を思う。
黒が似合う彼は、どこかでまた戦っているのかもしれない。
洗ってあげたい。
そう、強く思う。