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第534話 色彩

斜陽街二番街。通称洗い屋。

人懐っこい女性が、何でも洗ってくれる店だ。

何でも、だ。

お皿、汚れ物、衣類、

身体の外側、内臓、あるいは、心も。

洗い屋の女性は、洗い屋の名にかけて何でも洗う。

それほど、名に固執しているわけではないが、

ただ、きれいになって喜ばれるのがとても嬉しい。

ただ、それだけが原点なのかもしれない。


この日、洗い屋はいつものように店の中をぴかぴかにしていた。

弟のような彼がいつ帰ってきても大丈夫なように、

洗う準備も整えておく。

いつもどこかで傷ついている彼であるから、

精一杯洗いたいと、洗い屋の女性は思う。


洗い屋の入り口のドアが、軽くノックされる。

「はーい、どうぞー」

答えると、

軽いドアが開き、ふよふよ浮いている魚が一匹入ってきた。

お寺なんかにいる鯉程度の大きさの、

色とりどりの色をまとった魚。

斜陽街の住人の、シキである。

「よぉ」

シキはヒレを上げて挨拶する。

「こんにちは、どこか洗いますか?」

「色落ちしない程度に洗ってくれないか。大事な色なんだ」

「はい」

洗い屋はうれしそうに答えて、

慣れた手順であるかのように、シキを洗いにかかる。

洗うのに初めても常連もない。

ただ、きっちり洗うだけだ。


「きれいな色彩ですよね」

「ああ、落とさないでくれよ」

「大丈夫です」

はっきり言い切る洗い屋の女性に、

シキは夢見心地でぽこぽこと泡のように言葉を吐く。

「俺が求めて求めて、ようやく手に入れた色なんだ」

「大丈夫です。存在のすべてをかけた色は、私でも落とせません」

「そういうものなのか?」

「ええ、でも、私も洗い屋の腕にかけて、洗います」

洗い屋は、シキの魚の体をごしごしと。

「洗って真っ白になるかなとおもうけど、違うんだな」

「ええ」

洗い屋は肯定する。

「色彩を生かせない洗い屋は、二流ですよ」


洗い屋は弟のような彼を思う。

黒が似合う彼は、どこかでまた戦っているのかもしれない。

洗ってあげたい。

そう、強く思う。

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