これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
探偵はツヅリ少年に話を聞かせる。
それは斜陽街の話。
扉の向こうに広がる、奇妙で優しく少し寂れた町。
妄想屋がいて、バーがあって、
そこに訪れる客が妄想を話して。
それを聞いていた酒屋の主人が奇妙な関西弁で時々茶々を入れて。
探偵はあえて、自分の話にブレーキをかけない。
広がり続ける斜陽街の話。
ツヅリ少年は目を輝かせている。
いる、だけの部屋。
そこの床に二人は座って、
いる、以上の意味を見出さんとしている。
斜陽街の話は、どんどん広がっていく。
斜陽街の住人の誰かから伝え聞いた、
よその町の話も加える。
海だっただろうか。
町だっただろうか。
扉の向こうのどこか。
どこかに、その話はあった。
探偵は奇妙な感覚を得る。
それは、この部屋が色彩を持った感覚。
ここにいる。それ以上の意味を持ったんだと、
探偵はなんとなく思う。
この場所に、ツヅリ少年にも。
依頼を貼紙にして、誰かが来るのを待っている以上の意味を得られたと、
探偵は感覚で理解する。
「それで、だ」
探偵は、ちょっと話を区切る。
「この町を出る選択肢は、ないんだな」
疑問ですらない探偵の言葉に、ツヅリ少年はうなずいた。
「あなたは、もう、気がついていると思うのですけど」
ツヅリ少年はぽつぽつ話す。
「ここは、ある本の中の世界です。物語の世界です」
「だろうな」
「僕たちは物語の中に出てくる、いるだけの存在に過ぎません」
「貼紙街に、いる、だけのだな」
ツヅリ少年はうなずく。
「僕も…物語が欲しかった。記憶が存在が欲しかった」
探偵はうなずく。
ここは物語の中の町。
探偵はそのことを以前からずっと知っていた気がする。
もしかしたら探偵自身が、
物語の住人なのかもしれない。
それならそれでいいさ。
探偵は、そういうことにはこだわらない。
これが物語ならば、探偵はこの物語が好きだ。