これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
蝉が鳴いている。
高らかと言うのは違う。
ここにいると、呼び合っているのだろうかとアキは思う。
ここにいるよここにいるよ。
ここに命があって、ここにいたことを覚えていてと。
アキは、そんな風に感じた。
なぜかは、わからない。
田舎の夏の日差しは高く強く。
蝉はそこかしこで鳴いている。
アキは麦藁帽子をかぶる。
暑さが和らぐわけではない。
今日もアキはナツに会いにきた。
なぜ毎日のようにナツに会いにいくのか。
アキはうまく言葉に出来ないけれど、
ナツが遠くになるのが嫌だと、
そう答えるかもしれない。
問われていないので、アキはその答えを言わない。
アキ自身、その答えにたどりついていない。
「ナツ!」
アキはナツを呼ぶ。
ナツは、縁側でぼんやりしていたけれど、
アキを見て、微笑んだ。
「いらっしゃい」
ナツの笑みは、夏の日差しのように静かで、
なぜだろう、少し悲しい。
アキはそれを感じたけれど、
何で微笑が悲しいのか、それを説明することができない。
疑問はあるのだけれど、
追求をしたら、何かが終わってしまうような気がした。
ほんのちょっとの沈黙。
蝉がそこかしこで鳴いている。
ナツはトレードマークの狐の面を頭の後ろにかけて、
「今日は何しようか?」
と、いつものように。
「ナツ」
「うん?」
「ナツは、ずっと、いるよね?」
ナツの顔がちょっとだけこわばる。
そのあと、いつもの微笑みに、少しだけわざとらしく首をかしげて、
「ずっとがいつまでかは、わからないな」
と、答える。
アキもわかっている答えでしかなかった。
でも、アキは「ずっと」が欲しかった。
蝉が鳴いている。
この命はここにあると、大声で歌うように。
ねぇ、ナツはずっといるよね?
アキは、もう一度、口に出さずに問いかける。
ナツは沈黙を軽くして、いつものように微笑む。