これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
鎖師はゴブリン通りを歩く。
薄暗い通りに、鎖師の靴音だけが響く。
誰もいないと、とりあえずは思う。
鎖師の輝く鎖はちりちりと。
何かを感じ取っているらしい。
不意に、鎖師は金属の匂いらしいものを感じたような気がした。
一瞬で感覚を輝く鎖とつなぎ、
感じ取った鋭い金属を、輝く鎖の先ではじいた、気がした。
鋭い、金属の音。
視覚が感じ取ったのはそのあとで、
はじかれて飛んだのは、金属の剃刀、らしきもの。
宙に浮いている剃刀。
ちりちりした感覚が、輝く鎖と感覚をつなぐと、はっきり感じられる。
きっとあれがクビキリだ。
クビキリの剃刀は、
鎖師の感じ取る限り、
クビキリが実体化しているのが、金属の剃刀であり、
それ以外に視覚にも引っかかりにくい気配のようなものが、
それがきっと、クビキリの本体なのだろう。
魔とはよく言ったものだ。
とにかくクビキリは鎖師をターゲットにした。
さっきのゴブリンみたいになるのは、
当然、鎖師はごめんだ。
剃刀が飛ぶ。
鎖師の視覚がどうにかついてくる。
輝く鎖は剃刀をはじく。
どうにかしないと、こいつはどこまでも鎖師の首を狙ってくるのだろう。
「クビキリ」
鎖師は、だめもとで声をかけてみる。
「あなたは何を望む」
間があり、キンキンとした声が答える。
「切れるなら首を切りたい」
鎖師はため息。
狙われたほうはたまったもんじゃない。
「首を切って考えていることをのぞきたい、あなたを知りたいと思う」
クビキリの声は、不快な高音なのに、
鎖師は、クビキリのその望みが何も持たないもののように感じられた。
欲望以前の、なにか。
子供にすらなりきれていない、
生まれたばかりの、魔。
彼は何も知らない。
あるのは実体化した剃刀ばかり。
それでも。
鎖師はここで、首を切られるわけにはいかない。
そういう優しさは、持ち合わせていない。
剃刀が、飛ぶ。