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第539話 剃刀

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


鎖師はゴブリン通りを歩く。

薄暗い通りに、鎖師の靴音だけが響く。

誰もいないと、とりあえずは思う。

鎖師の輝く鎖はちりちりと。

何かを感じ取っているらしい。


不意に、鎖師は金属の匂いらしいものを感じたような気がした。

一瞬で感覚を輝く鎖とつなぎ、

感じ取った鋭い金属を、輝く鎖の先ではじいた、気がした。

鋭い、金属の音。

視覚が感じ取ったのはそのあとで、

はじかれて飛んだのは、金属の剃刀、らしきもの。

宙に浮いている剃刀。

ちりちりした感覚が、輝く鎖と感覚をつなぐと、はっきり感じられる。

きっとあれがクビキリだ。


クビキリの剃刀は、

鎖師の感じ取る限り、

クビキリが実体化しているのが、金属の剃刀であり、

それ以外に視覚にも引っかかりにくい気配のようなものが、

それがきっと、クビキリの本体なのだろう。

魔とはよく言ったものだ。

とにかくクビキリは鎖師をターゲットにした。

さっきのゴブリンみたいになるのは、

当然、鎖師はごめんだ。


剃刀が飛ぶ。

鎖師の視覚がどうにかついてくる。

輝く鎖は剃刀をはじく。

どうにかしないと、こいつはどこまでも鎖師の首を狙ってくるのだろう。


「クビキリ」

鎖師は、だめもとで声をかけてみる。

「あなたは何を望む」

間があり、キンキンとした声が答える。

「切れるなら首を切りたい」

鎖師はため息。

狙われたほうはたまったもんじゃない。

「首を切って考えていることをのぞきたい、あなたを知りたいと思う」

クビキリの声は、不快な高音なのに、

鎖師は、クビキリのその望みが何も持たないもののように感じられた。

欲望以前の、なにか。

子供にすらなりきれていない、

生まれたばかりの、魔。

彼は何も知らない。

あるのは実体化した剃刀ばかり。


それでも。

鎖師はここで、首を切られるわけにはいかない。

そういう優しさは、持ち合わせていない。


剃刀が、飛ぶ。

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