目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第540話 美味

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


キュウは椅子に腰掛ける。

ウツロはそんなキュウをぼんやり見ている。

ウサギはお茶を彼らの前に置いて、

「さぁ、軽くお茶会にしましょう」

と、微笑む。


キュウはお茶を一口飲んで、

「まぁ、おいしい!」

と、一言。

「ウサギ殿のお茶は、間違いがないでござる」

「すごいわ。はじめて、こんなお茶」

言葉を交わす家具屋入道とキュウ。

ウサギは誇らしいのと照れくさいのが混じった顔をしている。

オオカミはウツロのほうを見る。

茶を飲んだはいいが、何と表現していいかわからないように見えた。

何かを求めるように、ウツロはオオカミを見る。

オオカミは苦笑いして、

「それはな、おいしいって言うんだ」

「おいしい」

ウツロは復唱する。

身体の中に青い空が広がる感覚。

この青の中に存在できたら、とてもいいような気がした。


「おいしいお茶をご馳走様」

キュウは礼を言って、ウサギのほうに視線を向ける。

「ウサギさん、あなたはお茶のプロなのかしら?」

「ええ、まぁ」

「それならば、私が探しているお茶もあるのかしら」

「どうでしょう?」

「ありえないお茶って言うらしいの」

「ありえない?」

「ありえないとしか知らないの」

ウサギは少し考え、

「思い当たるの、あります」

と、答える。

「本当?」

「プロですから」

ウサギは微笑む。


「それじゃ、ひとっぱしり店に取りに行ってきますね」

ウサギはカウンターから出て、ドアに向かう。

一度振り返って、

「お茶はウツロさんが飲むのでしょう?」

「なんで、そこまで? 探しているとしか言っていないのに」

キュウは戸惑う。

「奴はお茶のプロさ。何を求めているかもわかるさ」

オオカミの言葉にウサギはうなずき、

「いってきます」

と、扉を開けて出ていった。


ウツロのためのありえないお茶。

ウツロ自身は、ありえないと言うことがいまいちわかっていない。

ただ、ここはとても気持ちがいい、それは、よくわかるような気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?