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第541話 媒体

夜羽は、夢に帰った国にやってきた。

夢に帰った国には、

夢にしかありえないものが存在する。

歌う獣や、夢を裁く鬼や、機械の神。

そして、夢路を歩く人々。

彼らはここがすでに夢であることを、

わかっているのかいないのか。

わかっていたとして、それが良いこと偉いことになるわけでない。

知っていてもいなくてもいいのだ。

ここが、すでに夢に帰った国であることなど。


夜羽は、夢に帰ったその国を歩く。

在りし頃は混乱が激しかったのだろう。

そこかしこが崩れている。

それは、廃墟や遺跡にちょっとだけ近い。

歴史を物語るものになるのかもしれないけれど、

文字通り、夢物語の中のもの、うつろなものになってしまった。

この国全てが。


町を歩き、道を行き、

夜羽は砂浜にやってきた。

陸の果て、世界の果てのような海。

夢の果てのそこに、夜羽は歌姫の歌を感じる。

耳に届くそれが、近くに。


夜羽は砂浜で身をかがめる。

そこにあったのは、古ぼけたテープレコーダー。

歌は、そこから。


「はじめまして」

夜羽は挨拶する。

「歌は届きました。あなたに会いにやってきました」

テープレコーダーは沈黙する。

そして、

「ありがとう。ファンの人に会えたのは、初めてなの」

歌姫は、照れながら答える。


生きているものが生きている身体に入っていると、

誰が決めただろうか。

ここには、歌姫が生きていて、

生きる媒体として、無機物であるとしても、

ここはなんらおかしくない場所だ。

ここは夢物語の場所。

歌姫はここから、聞こえる人に歌を届けていた。

テープレコーダーの身体は、なんら問題ではない。


歌姫は浜辺で歌う。

夜羽は砂浜に座って、歌姫の歌を聴いている。

生命の媒体なんて、

なんだっていいのかもしれない。

記録を残すものは、

本当になんだっていいのだ。

何に残ってもいい、残れば結局なんだっていい。


夢物語の国の端っこで、

歌姫の魂は、テープレコーダーの中に。

妄想屋はそれを妄想とは思わない。

歌は、存在するのだから。

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