夜羽は、夢に帰った国にやってきた。
夢に帰った国には、
夢にしかありえないものが存在する。
歌う獣や、夢を裁く鬼や、機械の神。
そして、夢路を歩く人々。
彼らはここがすでに夢であることを、
わかっているのかいないのか。
わかっていたとして、それが良いこと偉いことになるわけでない。
知っていてもいなくてもいいのだ。
ここが、すでに夢に帰った国であることなど。
夜羽は、夢に帰ったその国を歩く。
在りし頃は混乱が激しかったのだろう。
そこかしこが崩れている。
それは、廃墟や遺跡にちょっとだけ近い。
歴史を物語るものになるのかもしれないけれど、
文字通り、夢物語の中のもの、うつろなものになってしまった。
この国全てが。
町を歩き、道を行き、
夜羽は砂浜にやってきた。
陸の果て、世界の果てのような海。
夢の果てのそこに、夜羽は歌姫の歌を感じる。
耳に届くそれが、近くに。
夜羽は砂浜で身をかがめる。
そこにあったのは、古ぼけたテープレコーダー。
歌は、そこから。
「はじめまして」
夜羽は挨拶する。
「歌は届きました。あなたに会いにやってきました」
テープレコーダーは沈黙する。
そして、
「ありがとう。ファンの人に会えたのは、初めてなの」
歌姫は、照れながら答える。
生きているものが生きている身体に入っていると、
誰が決めただろうか。
ここには、歌姫が生きていて、
生きる媒体として、無機物であるとしても、
ここはなんらおかしくない場所だ。
ここは夢物語の場所。
歌姫はここから、聞こえる人に歌を届けていた。
テープレコーダーの身体は、なんら問題ではない。
歌姫は浜辺で歌う。
夜羽は砂浜に座って、歌姫の歌を聴いている。
生命の媒体なんて、
なんだっていいのかもしれない。
記録を残すものは、
本当になんだっていいのだ。
何に残ってもいい、残れば結局なんだっていい。
夢物語の国の端っこで、
歌姫の魂は、テープレコーダーの中に。
妄想屋はそれを妄想とは思わない。
歌は、存在するのだから。