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第542話 三毛猫

斜陽街二番街。通称猫屋敷。

たくさんの猫が暮らしているから、通称猫屋敷。

人の女主人がいるにはいるけれど、

必要以上に束縛をせず、

飼うと言うよりやっぱり屋敷の主人で、

そこで礼儀と自由を愛する猫が、今日も気ままに鳴いている。


今日は客人がいる。

レンタルビデオ屋の主人と、廃ビルに居ついている詩人だ。

この二人は妙にウマが合うのか、

たまにどこかで茶をすすりながら、

ポツリポツリ話していることがあるらしい。

とても饒舌ではない。

饒舌でない点は、猫屋敷の女主人も一緒だ。


どこかから仕入れた気持ちのいい香りのする茶をいれて、

猫屋敷のささやかな集まり。

ただ、いるのは猫のほうが圧倒的に多いけれど。

「猫ですねぇ」

詩人がつぶやく。

「猫は怖くないですね」

言いながら、レンタルビデオ屋がそばにいた白猫をなでる。

白猫は気持ちよさそうに目を細める。

「どこだったかしら、世にも恐ろしい三毛猫って」

猫屋敷の女主人は、そんな話をする。

「世にも恐ろしいとは?」

詩人が聞き返す。

レンタルビデオ屋の主人も、聞きたそうにしている。

怖がりなくせに、恐怖を知ろうとする好奇心は強いらしい。


猫屋敷の女主人は話す。

どこかに知りたがりの白黒の猫がいた。

猫の神様は、隠れた事を知りたがるのはよくないと教えた。

それでも猫は、隠れたものを知りたいと思ってしまった。

身に隠れた、内側を知りたいと思った。

猫は、その爪で、切り裂き、あらゆるものを暴かんとした。

猫同士を、動物を、人を。

猫は返り血にまみれ、赤白黒の世にも恐ろしい三毛猫になった。


「…と言うお話なんだけど」

猫屋敷の女主人は言葉を区切る。

「その猫がどうなったかは、わからないの」

「おや、落ちないのですか」

レンタルビデオ屋の主人は、意外そうに。

「神様が罰を与えたとか、いろいろ話はあるでしょうに」

詩人もおおむね同意らしい。

「よくわからないの、でも」

「でも?」

「わからないことを知りたいと求める。それは悪かしらね」

詩人はちょっと考えて、

「わかりません。でも、切り裂くのは勘弁ですね」


猫屋敷で猫がなく。

いつものように気ままな猫が。

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