これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
空の中を、彼らは落ち続けている。
螺子師と螺子ドロボウは、
夢が覚める夜明けを待つような、
あるいは、最後まで突破口を探してあがくような、
どれもが混じったようでいて、
それでいてひどくシンプルに彼らは落下していた。
螺子師は思う。
異国に空がつながっているとは、どこかでよく聞くけれども、
この空は、多分落ちることを表現した空なのかもしれない。
たぶん、異国につながっていると言う空とは、別物の空だ。
これは、落下のための空。
激突する地上もなければ、
青の果ての海も多分存在しない。
ひたすら落下を表現した空。
そこは、落下のみがつながっていて、
どの空ともつながっていない。
箱庭ならぬ箱空。
「そうか」
螺子師はつぶやく。
「ここは、箱の中のようなところだった、そうだな?」
螺子師は螺子ドロボウに問う。
「そういえばそうだったね」
「お前が開けたと言うことは、とりあえず今は不問だ」
「ずっと不問にしててよ」
調子のいい螺子ドロボウに、螺子師はため息。
そして、気を取り直して、
「ここは、落ちることを表現している空間だと俺は感じる」
「なるほどね。果てに意味があるわけじゃないんだ」
螺子ドロボウは意味を飲み込んだらしい答えをする。
螺子師はうなずき、
「ひとつの引力だけに縛られた、自由。ここはそれを表している」
「僕らはその表現物の中に、いるってことなのかな?」
螺子ドロボウはそこまで言ってから、ちょっと考えて、
「表現物って言うのは野暮だね」
と、訂正する。
「ここは、空の物語の中なんだよ」
「物語か」
「僕らは永遠に求められるものの。ひかれながら届かないところにいる」
彼らは何かを悟ったわけでない。
ただ、空に少しの意味を見出しただけ。
自由と、物語と、そして、届かない距離と。
ひかれあうのに届かない。
届かないとわかってしまえば、
そのひとつの力からも自由になれば。
なにもない。
それは無か。
彼らは、自由の空から離脱する。