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第543話 箱空

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


空の中を、彼らは落ち続けている。

螺子師と螺子ドロボウは、

夢が覚める夜明けを待つような、

あるいは、最後まで突破口を探してあがくような、

どれもが混じったようでいて、

それでいてひどくシンプルに彼らは落下していた。


螺子師は思う。

異国に空がつながっているとは、どこかでよく聞くけれども、

この空は、多分落ちることを表現した空なのかもしれない。

たぶん、異国につながっていると言う空とは、別物の空だ。

これは、落下のための空。

激突する地上もなければ、

青の果ての海も多分存在しない。

ひたすら落下を表現した空。

そこは、落下のみがつながっていて、

どの空ともつながっていない。

箱庭ならぬ箱空。

「そうか」

螺子師はつぶやく。

「ここは、箱の中のようなところだった、そうだな?」

螺子師は螺子ドロボウに問う。

「そういえばそうだったね」

「お前が開けたと言うことは、とりあえず今は不問だ」

「ずっと不問にしててよ」

調子のいい螺子ドロボウに、螺子師はため息。

そして、気を取り直して、

「ここは、落ちることを表現している空間だと俺は感じる」

「なるほどね。果てに意味があるわけじゃないんだ」

螺子ドロボウは意味を飲み込んだらしい答えをする。

螺子師はうなずき、

「ひとつの引力だけに縛られた、自由。ここはそれを表している」

「僕らはその表現物の中に、いるってことなのかな?」

螺子ドロボウはそこまで言ってから、ちょっと考えて、

「表現物って言うのは野暮だね」

と、訂正する。

「ここは、空の物語の中なんだよ」

「物語か」

「僕らは永遠に求められるものの。ひかれながら届かないところにいる」


彼らは何かを悟ったわけでない。

ただ、空に少しの意味を見出しただけ。

自由と、物語と、そして、届かない距離と。

ひかれあうのに届かない。

届かないとわかってしまえば、

そのひとつの力からも自由になれば。

なにもない。

それは無か。


彼らは、自由の空から離脱する。

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