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第547話 物語

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


迷路のような貼紙街。

そこは物語の中の世界だという。

ツヅリ少年は物語の中に、

いる、だけの存在でしかなく、

彼には物語が存在しない。

探偵は思う。

貼紙街には、そんな人が山ほどいるのだろう。

たとえば、物語の言葉で、

貼紙街にはそんな人がたくさんいるのです、と、書かれれば、

たくさんの、いる、だけの存在が生み出される。

ツヅリ少年のような、いる、だけの。

物語が悪だとは探偵も思わない。

ただ、不思議だなとはちょっと思った。

過去もなく突然いる存在の、貼紙街の彼ら。

彼らは、望みがかなう町といわれて、貼紙街に流れ着いたと言う、

そんな大まかなものがあったはずだけど、

それすら物語の上でしかないのだろうか。

そもそも、貼紙街物語とツヅリ少年が、

微妙に離れているのはなぜだろうか。


「僕は」

ツヅリ少年が話す。

「少しの物語をすすって、名前を得ました。ツヅリ、と」

「すすったのか」

「ある日、風にのってこの部屋にやってきた、一枚の紙」

「それが物語か」

ツヅリ少年はうなずく。

「はい、僕はその物語を、雨水をすするように読みました」

ツヅリ少年はため息をひとつ。


雨の設定のない貼紙街に、

雨のような物語ひとつ。

ツヅリ少年はそれをすすって、

少し異質なものになってしまった。

探偵は、だから、ツヅリ少年の依頼を、

引き受けようと思ったのかもしれない。


「雨のような物語は、どうだった?」

「僕の中を滲ませて、新しいものが入るようでした」

ツヅリ少年はそういったあと、

「でも、苦しみも生まれました」

「そうか」

「物語にそわないものは、溶けてしまう運命だと、知ってしまったんです」

「雨をすすったからか」

「はい」


ツヅリ少年は涙を流す。

「僕は待つだけ。いるだけ。それを越えてしまうと、いなくなってしまうんです」

探偵は思う。

この部屋にいるのが最後の砦なのかもしれない。

ツヅリ少年はここから出たら、物語から消える。

それはどういう心持だろうか。

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