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第576話 値段

斜陽街には浮浪者がいる。

誰かが落としたものを使って誰かになりきってしまう、

誰でもないものだ。


誰かが落としたもの、

物理的に落とし物だったり、

誰かの情報の痕跡だったりもする。

普通、そういったものには値段はない。

言葉に値段をつけるのが、難しいように。

ただ、そういう落とし物が、

金や価値や値段をこえて、

誰かになれるという、浮浪者の欲を満たす。

浮浪者は誰かになり、

浮浪者であったことを忘れる。

その時、誰かになっているのだから。


そういった落し物が値をつけて売買されているかというと、

そういったことは、とんと聞かない。

早いものからなのかもしれないし、

それとも、落とし物が浮浪者を呼ぶのかもしれないし、

案外、落とし物と浮浪者で、

値段はなくても需要と供給が一致しているのかもしれない。


誰かになりたい。

浮浪者の欲はその一つだけだ。

浮浪者には、自分という概念が薄すぎるらしく、

誰かというものにならないと、何もできないのかもしれない。

そして、落とし物から得た情報の誰かになったとしても、

それはまだ成り済ましの域を出ていなくて、

乗っ取るまで情報がないと、

浮浪者に逆戻りするのが、オチだ。


浮浪者は考えない。

浮浪者は渇望する。

誰かになりたい。

有象無象の値段のない言葉のようなものでなく、

価値あるものになりたい。

…などと考えているかどうかはともかく。

誰かになりたい欲だけで存在しているのが、浮浪者だ。


彼らはしゃべるのだろうか。

聞いたものは少ないのではないだろうか。

おそらく、借り物の言葉しか使えないのではないだろうか。

主義主張もなく、

彼らは誰かになりたいことを望む。


落とし物に値段がついていようがいまいが、

浮浪者にとっては、同じなのだ。

誰かになれるなら、それで、いい。

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