これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
ヤジマとキタザワは、
扉を開いて別の町にやってきた。
まず最初の印象は、静かで、
次に、月の明るい町だと感じた。
大きな月が満月だ。
建物はどうも和の物らしく、
抜けていく風の音から、竹林が近いらしい。
虫の鳴き声がかすかにする。
暗くて見えにくいけれど、
足元は土の道なのだろう。
アスファルトの感触ではない。
キタザワが、何かに首をかしげた。
「どうした」
ヤジマが尋ねる。
「こっち、と、野太刀が言ってる気がします」
月が明るいけれど、もっと暗い方向へ、
野太刀はそちらを指しているという。
ヤジマは少し考え、
「野太刀を信じよう」
と、一言言い、そちらを目指した。
より暗い道を彼らは歩き、
遠めにぼんやりと明かりが見えてきた。
ひとつだけども人影もある。
キタザワは明らかにほっとしたようだが、
ヤジマは気が抜けなかった。
闇の中には何がいてもおかしくはない。
言葉の通じない、何か、が、いても。
歩いていけはれ明かりは人影の持つ提灯で、
「あの」
と、キタザワが声をかければ、
提灯の明かりで面がはっきりと浮かび上がった。
狗の面だ。
「野太刀、お届けにきました」
キタザワが野太刀を差し出す。
「あなたが、野良狗さん、だね」
ヤジマが問えば、野良狗とよばれた面の男は、深くうなずいた。
夜の闇は深く。
提灯の明かりは頼りなく。
野良狗は野太刀を受け取った。
そして、
「確かに」
と、男の声で一言しゃべった。