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第584話 空間

斜陽街番外地。

扉屋が店を構えている。

扉屋は扉を作っている。

売っているわけでなく、ただただ作っている。

ここの扉は空間をつなぐことがあるらしく、

この扉屋から、斜陽街からさまざまの町に行くことができる。


今日も、扉屋の主人は扉を作っている。

今日の素材はなんだろうか。

少し前は金属だったし、

その前は木製だったし、その前は…

結局、なんでもありなのかもしれない。


「おじゃまさん」

言いながら、斜陽街の路地につながった扉から、

誰かが入ってきた。

近所で店を出している、鳥籠屋のおばさんだ。

扉屋の主人は、ちらと顔を向けて、

それからまた、扉づくりに再び没頭。

鳥籠屋のおばさんも慣れているのか、

それ以上を求めようとはしない。


鳥籠屋の鳥かごは、

使うと戻れるのだという。

どこに戻れるのかは人それぞれだけれど、

戻れるどこかに人を戻してくれるのだという。

おばさんも、それ以上のことは説明しないけれど、

使ったと思ったら使ったということであり、

使ったら、戻れるのだという。


鳥籠屋のおばさんは、

扉屋の作業の隣に、皮のむいてある果実を置いた。

「たまにはなんか食べなさいな、おいしいよ」

おばさんは言葉をかける。

扉屋は、作業の手を一時止め、

果実に手を伸ばす。

みずみずしい小さな音がして、次に、

「うまい」

と、扉屋が呟いた。


空間をつなぐ職業。

扉屋と鳥籠屋と。

彼らのいる空間は、彼らがいる空間は、

人が思うほど言葉に満ち満ちてはいない。

職人には、過ぎた言葉は必要なく、

最低限通じれば、それでまた安心できる。


静かな空間。

扉屋の主人の作業の音だけが響く。

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