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第587話 能面

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


野良狗という、面の男は野太刀を受け取った。

面は当然口元を動かすわけではない。

それでも、この面は生きているように見える。

ヤジマはそんなことを考える。


「野良狗さん、聞きたいことがある」

ヤジマが尋ねる。

「あんたがしゃべっているのかい?それとも」

「それとも、なにかな」

「狗の面がしゃべっているのかい?」

野良狗はしばし考えた。

そして、話し出す。


「ここは面が言葉を紡ぐ町」

「それは、お面が意思をもって話しているのですか?」

キタザワが割り込む。

「話しているのは、面。そして、肉体は…ある目的のためだけに、ある」

「目的?」

キタザワがききかえしたその時、

ヤジマは気配を感じた。

殺気。


月が見えにくい路地裏のそこ、上から、

何者かが、殺気を持って、上から。


ヤジマとキタザワは、かわす。

野良狗を狙った影が、

暗い中、見えているのか、武器を構えているらしいのが、

少ない月明りでかすかに見える。


「面は、戦うために肉体を選ぶ」

野良狗がしゃべる。

「ここは面が話す町、面が戦う町なのだよ」


野良狗と、別の気配が対峙している。

月明かりは薄く、

ここで人でないものがいたとしても、わかりにくいと思わせた。

面をつけている野良狗は、

人なのか。

それとも面なのか。

能面の一種のような、彫られた面は、

表情薄く、存在すらあいまいで。


闇が動いた。

野良狗も動く。

面が戦う。

月明かりの届かぬそこで。

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