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第588話 記号

羅刹は白い町を歩く。

優しい白だなと羅刹は思う。

傷のない白。

羅刹はそんなことを思う。

相変わらず声も言葉も聞こえない。

特に会話する理由もないけれど、

この町の住人は、

どうやって意思の疎通をしているのだろう。

それとも、意思の疎通などいらないのだろうか。

羅刹は少しだけ疑問に思った。


羅刹が町を歩くと、

白い町の白い住人が、向かい合って立っていた。

会話かなと思ったが、

言葉が何一つ出てこない。

声の代わりに感じるのは、

記号のような音。

多分、もっとも原始的な意思疎通の音。

音楽よりもはるか昔の音。

記号のようなその音は、

穏やかに、住人の間を流れる。

言葉のない町の、会話にもならない会話。

彼らは記号で意思を伝えている。


羅刹は、これは自分には無理だなと思う。

羅刹はしゃべる方ではないけれど、

この記号を使いこなすのは無理だ。

彼等に吹き出しがあれば、

未知の記号で表現されている音。

ここには言葉がない。

それは、と、羅刹は思う。

人をつなぎとめる言葉がなく、

人を傷つける言葉もなく、

怒りも喜びも悲しみも、

言葉でなく記号で。

すべては記号なのだ。ここでは。

町には文字一つない。

看板を見つけると、

記号で何かを表現しているらしいものを見つける。

ただ、その記号の意味を羅刹はわからない。

町の姿をしているけれど、

ここは、言葉を持たない町だ。


優しい白で包まれた町。

言葉を知っている羅刹はここでも異質だった。

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