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帰りたい(319回目)  その狙撃手を音に聞く


 アダラさんの変化に悶々としつつ、森に配備した隊達からの連絡を待っていると、真っ先に落ち着いた声の連絡があった。


「こちら川エリアで待機の27班。敵7名うち、全員を確保。

 こちら犠牲者ゼロで無力化、うち1人は護魔兵と思われる」

「お疲れ様です、さらに警戒を続けてください」


 連絡してきたのは、私が大会のレースで戦った相手、エミリー・ソルドさんだった。

 【ノン・デプレーション】の能力で息切れをしないので、水中でも問題なく活動できる彼女を筆頭に、水中戦に長けた兵士を配備した。


 流石というかやはりというか、基地から逃げてきた敵を難なく捕らえたようだ。


「よかった……」

「一息つく暇ないよ! 次こっちから連絡来てるぜ!」

「あ、はい!」


 今回の任務にて、アダラさんの双子の兄で、ハーパーさんについている王国騎士のカペラさんから通信機を渡される。


「こちら18班、5名捕獲完了。1名敵の攻撃により、息を引き取りました」

「────お疲れさまです。周りへの警戒を続けつつ、生存者の安全を最優先に動いてください……」

「了解」


 ぐっと奥歯に力を込める。腹の奥に、ドスンと石がのし掛かるような気持ちがした。

 ダメだ、今戦っている人たちに目を向けると誓ったのだ。


 ここで気は抜けない、抜かない────!!


「エリーさん大丈夫?」

「はい。引き続き、報告があれば教えてください」




 その後も報告が続き、敵の確保の報告が続々と寄せられる。

 重軽傷者は度々報告されるものの、それ以上の殉職者は出なかった。


 今のところ、作戦は順調のようだ。


「おぉ、おぉ! 続々と敵を捕らえているようですわね!」

「えぇ何よりです。でも、多分このままでは済みませんよね……」


 その時、ほぼ一斉に通信機から緊急の報告が入った。


「報告! 敵の魔物と思われる狼型の獣が、突然地中から出現! 我々に襲いかかり始めました! 敵性生物の魔物名“ウルフェス”と推測!」


 来た────!


 それを皮切りに、各方で続々と同じ報告がされる。


「おい、ここの基地も周り狼だらけだぞ!」

「皆さん各自、事前にお渡しした毒への抗体を摂取してください。“ウルフェス”は大群を成しており、非常に厄介ですが、一個体はそこまで驚異ではありません。各自落ち着いた対応をお願いします」


 私は立ち上がって、ハーパーさんの真正面に出た。


「やはり“ウルフェス”が現れました。ハーパーさん」

「えぇ、ここは任せて。それとこれを持っていきなさい」


 そう言って、ハーパーさんは小型の板を私に渡した。

 クレアボバッジで受け取った映像が、この板でいつでも見れる優れものだ。


「ありがとうございます」

「くれぐれも気を付けて、行ってらっしゃい」


 頷くと、スピカちゃんとアダラさんに言う。


「先日お伝えした作戦通り、です。危険な戦いになりますが、よろしくお願いします」

「了解……!」

「今日は何だか調子かすこぶるいいですの、運命的な出会いの予感がしますわ!」


 私は髪を結びながら、2人を連れて外へ出る。



「2人とも、気張っていきましょう」



   ※   ※   ※   ※   ※




 遡ること数日、エクレアでの幹部や主要隊長達の集まる会議にて、私はスピカちゃんと席に着いていた。


「ねぇエリーさん、何でこんなとこにスピカが呼び出されたの……? やな予感しかしないんだけど……」

「しっ、今から説明しますから」


 リアレさんやアルフレッドさんを初め、錚々たるメンバーを見てスピカちゃんがびびっている。

 いや、こういう場には慣れている子だけれど、自分が呼び出された理由について、何か察し始めている。



 私はそんなスピカちゃんは無視して、メンバーが集まったのを見計らい会議を始めた。

 そしてその時の私は最高司令官としてではなく、いち隊員として、報告すべきことがあったのだ────


「単刀直入に報告します、敵は”ウルフェス“を魔物として使役し、森全体に配備している可能性が高いです」


 あらかじめ作った資料をそれぞれに配り、皆に目を通してもらう。



 その資料は去年の春先、私とアデク隊長が出会った任務での報告資料だった。

 私達はその時、森の中をバルザム隊メンバー捜索のため野宿している途中、突然数千を越える狼型の魔物“ウルフェス”に周りを囲まれた。


 その時は何とかアデク隊長の戦略と、私の決死の特攻でその場を切り抜けることが出来たけれど、未だにいくつもの謎が残ったままだ。


「まず疑問点は、ボスウルフェスの皮膚と毛が通常と比べ非常に固ったことです」


 ボスウルフェスの固さは私が身をもって体感した通り、剣での攻撃が一切聞かない程だった。

 あの時は口の中から氷柱つららを突き立てることで何とか驚異を逃れることが出来たけれど、そこまでしなければきっと、あの魔物を倒すことはできなかった。


「そして数千を越える“ウルフェス”が私たちを一斉に襲いに来たことも疑問点です。

 これはたまたまと言ってしまえばそうなのですが、狩りの効率としては非常に悪く、野生の魔物の生体からはまず考えられません」

「そうだね。僕が以前、地方で野生の“ウルフェス”に遭遇した時とは、ずいぶん違う」


 手を上げたリアレさんが、過去の事について語ってくれた。


「彼らは多くても5体程の群れで行動する魔物だよ。それが相手の体に毒を注入したら、連携をとりながらじわじわ弱らせていくのが基本戦略だ。

 間違ってもそれだけの数が1つの獲物に向かって集結してくるなんて事はないと思うよ」

「えぇ────」


 まさにその前の晩に私が襲われた時がそうだった。

 少し思い出しただけで、嫌な気分になる。


「最後に、“ウルフェス”が私達に近づく気配が一切なかったことです。

 接近は私の【コネクト・ハート】でも察知できず、直前までアデク隊長が気づきませんでした。

 魔物達は『休眠状態』で土の中にいたと、私は考えています」


 普段ノースコルの魔物使役をする者達の中には、魔力節約のため、魔物を休眠状態にして戦闘時に起こすという方法をとるものもいる。

 休眠といってもそれは仮死状態に近く、私の【コネクト・ハート】でも声を聞き取れないため、位置を特定しづらい。



「確かに、全体的な情報を見ても、普通のボスウルフェスとは違う。そして何らかの人間の意図を感じるね」

「えぇ。可能性としては、敵に何らかの改造を施され、そこに設置されていたのかと」


 結局あの時、私とアデク隊長がいくら探しても黒幕は見つけられなかったし、バルザム隊捜索隊もそれは同じだった。

 けれど敵が普段、岩の中の基地に巧妙に隠れていたのなら、見つからなかったことにも説明がつく。


「問題は、今回も敵がその一斉攻撃を使ってくる可能性が高いことです。被害を最小限に抑えるため、何らかの対策を高じる必要があると考えます」

「場が煮詰まってきたら、敵は一斉に魔物達を叩き起こして場をひっくり返す。確かに考えられる話だ。

 しかも“ウルフェス”以外にもどんな魔物がいるか分からねぇ」


 何か思うところがあるのか、そう言って自身の手のひらを見ていたアルフレッドさんは、それを握りしめた。


「えぇ。あの森は国内といえど敵の手中にあります。危険地帯といって、差し支えないでしょう────」



 そこで私は周りの反応を見計らってから、本題に切り出した。


「そこで皆様に提案です。もし“ウルフェス”が洗浄に現れた場合、私とスピカ・セネットd-3級に出動させてください」

「えっ……」


 まぁ、みんなが驚くのも無理はない。突然仮にも司令官である私が前戦に出ると宣言したうえに、連れていくのがキャリアの浅い女性軍人だと言い出したのだ。

 そして何を隠そう、肝心のスピカちゃん本人が、横で一番驚いた顔をしている。



「なぜわざわざ最高司令官殿が出向く必要があるのでしょう? 現場の指揮を乱しても敵と対峙する必要が、あるのですかな?」


 指摘したのは、ミリアの元隊長であるラルフ・ロスさんだった。その言葉はもっともだ。


 本来、司令官が最前線に出るという行為は、忌避されるべきもの。

 例えそれが私のようなお飾りであっても、その事実は変わらないだろう。


「私が出る必要がある理由は、単純にボスウルフェスの判別が可能だからです」

「と、言うと?」

「私の能力は、あの魔物の超高音を聞き分け、場所の判別が出来ます。“ウルフェス”はどうやら司令塔がいなくなると統率を失うようで、いち早くボスウルフェスを倒すことが鍵となると考えたからです」


 私なら、極めて厄介な魔物である“ウルフェス”による無駄な犠牲を、最小限に抑えられるはずだ。

 最高司令官が戦場に出る危険はあるとは言え、それだけで価千金というものだろう。


「なるほど、資料を見る限り、実績もあるらしい。では、なぜその子を連れていくのですかな?

 単純にキャリアのある軍人を連れていく方が、作戦成功率は高いと、私は考えますが」

「えぇ────」


 私だって、考えなしにスピカちゃんを前線に連れていきたい訳じゃない。

 他の候補や方法を模索した結果、最適解だと判断して彼女を選んだんだ。


「まず初めに、単純な機動力です。私とスピカ・セネットは、空中移動が出来ます。それはボスウルフェスを叩くのに、大きなアドバンテージになるはずです。

 スナイパーの適正があり、空中移動が可能で、作戦に参加できる軍人の中では、彼女を含め3人しかいませんでした」


 一応残りの2人は、スピカちゃんよりキャリアのある人だった。

 けれど彼女を選んだ理由は、それだけじゃない。



「そしてもうひとつは、リーエル幹部が理由です」

「リーエルぅ…………?」


 その名前を出した瞬間、場が一気に懐疑的などよめきが広がる。

 あ、名前を出すのは失敗だったか???


「えっとえっと、彼女もまた、優秀なガンマンで、私はそれを見込んで、この作戦会議前に彼女に、候補の相談へ行ったんです」

「アイツに……?」


 苦々しい顔でアルフレッドさんがこちらを見る。何考えてんだとでも言いたげな眼だ。

 周りの隊長達も反応は大体同じようなもので、いかに彼女が軍全体で腫れ物扱いされているかが伺い知れる。


「エリーさん、リーエル教官の名前出したら、そうなるよ……」

「スピカちゃんまで……」


 そんな空気を肌で感じていると、おずおずとリアレさんが手を上げた。

 若いとは言え幹部なので発言権は結構あるハズなのに、全然自信なさげだ。


「あのその人、僕の先輩です……すみません……」


 何も悪いことしてないのに謝っちゃうリアレさん。本当に今回ばかりは、私が原因とは言え不憫でならない。


「えっとえっと、リーエル幹部はその、めちゃくちゃな思考とでたらめなパワーで皆さんにご迷惑をおかけしていると思いますが……そのぉ、実力は確かなんです……」


 そのひとことで全体が、まぁそれはそうなんだけど────みたいな空気に変わる。

 良かった、私がおかしいだけみたいな雰囲気は何とか避けられたようだ。


 リアレさんに私が助かりましたと心で唱えて軽く会釈すると、彼はちょっと微笑んでウインクをしながら着席した。そういうとこだぞ。


「話を戻します。彼女曰く、スピカ・セネットの狙撃技術は、既に国のスナイパーの平均値を大きく越えている、とお墨付きをもらいました。

 私も彼女と同隊で活動してきましたが、実力的に問題はありません。なので“ウルフェス”の対処は、私とスピカ・セネットに任せていただきたいです」


 こいつらに────?


 周りの目線が、一斉に私とスピカちゃんに集まる。分かっていたこととは言え、かなり圧がすごくて、私は後ろに下がってしまいそうになる。


 ちなみにスピカちゃんは、突然予期しない注目を浴びたこと、リーエルさんからの推薦をもらえたこと、前線にでなければいけなくなったこと。

 色々な緊張感で、よく見ると小刻みに震えていた。



「えぇ!? ええぇぇぇ……!?」



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