威力に押されたラディウスが後方に吹き飛び、何十枚という壁を突き破っていった。
「ラディウス・ラドルライザー! てめぇとの決着、ここでつけるぞ!!」
アルフレッドさんが、追撃のため敵を追う。
決戦は外、可能ならば主力を人質から遠ざけて、安全に救出を行うためだ。
破った壁の穴を高速でさらにぶち破りながら、彼は鬼の形相でラディウスを追う。
「では僕はこのままセルマ達と合流します! アルフレッドさんお気をつけて!」
リアレさんはそのまま画面からフェードアウトしていった。
この戦いは、森全体を巻き込んだ大規模な戦いになるだろうということは、容易に見てとれた。
私は急いで通信機を手に取ると、仲間達に伝える。
「幹部アルフレッド・クレイグ及び、【翠玉の魔人】ラディウス・ラドルライザーの戦闘が始まりました。皆さんは各所配置につきつつ、逃走してきた敵の確保及び、脱出した味方の保護をお願いします。
なお、戦いの余波に巻き込まれないようくれぐれも注意をしてください」
各所から了解、了解と声が聞こえてくる。
基地内に軍隊はなくても、研究員や少数の敵戦闘員がいることは予想される。
逃げ出した彼らが地方の村に潜伏、攻撃を仕掛けないとも限らない。
敵は必ずこの森で捉えて、逃がしたくない。
「とりあえず、貴女の役目は一段落ですわね」
「そんなことはありません、ここから多分、重要な役割があると思います」
「ほーん、まぁ頑張ってくださいまし! うん?」
アダラさんが、ふっと私の頬に触れる。
急なことに驚いていると、スピカちゃんも私の顔を、不思議そうに見ていることに気付いた。
「エリーさん、何で泣いてるんですの?」
「えっ……?」
言われて気付く。アダラさんの触れる私の頬に、たらたらと雫が垂れていた。
そんなつもりはなかったのに、急に私は泣いてしまっていた。
くそっ、今は任務中だ。私の指示ひとつで多くの人の命が左右される場面なのに、こんなにも感情を乱してしまうなんて。
私はとことん、こういう仕事には向いてない────
「あ、あれ何ででしょう……? ごめんなさい。何でもないです!」
「聞かせてくださいまし。一応私、貴女の任務を応援するために、ここにいるんですのよ」
その目はいつものアダラさんの目とは、少し違う気がした。
いつものどこを見ているか分からないようなデリカシー皆無な彼女ではなく、心配と慈愛が満ちた言葉な気がした。
思い出した。昨日、公園で泣いていたアダラさんだ。はらはらと泣いていた、あの時の彼女の様子に重なる。
狂気も暴走も全て過ぎ去って、まるで嵐の後の広野のように静かな表情を称えている。
普段は変わった兄弟達の中でも、特にぶっ飛んだ言動の多い彼女だけれど、なぜかこう真っ直ぐに言われてしまって、私の心が安心しきってしまいそうになる。
それにつられて、さらに涙が溢れてきた。
「わ、私────ライルさんが生きていたのが分かって、安心、してしまったんです。
ずっと思ってました、ジョノワさんもエッソさんも、もう生きていないんじゃないかって……私のせいで、私が協力を頼んだせいで、死んでしまったんじゃないか、って…………」
そう、連れ去られてしまった3人の事が、私はずっと気がかりだった。
彼ら【怪傑の三銃士】は、私がバルザム教官と相対するための修行に一月も付き合ってくれた。
同時に私がアリーナで行おうとしていることがバレてしまったのだけれど、彼らは私に協力して、共に観客達を守ってくれると約束したのだ。
そしてバルザム教官が正体を現したとき、彼らはワープ魔法をアリーナの外から使い、彼に奇襲を仕掛ける手筈だった。
けれどその狙いは、魔女ルールがワープ魔法をジャックし乗り込んできたことで、失敗に終わってしまった。
結局彼らもこの森に飛ばされ捕まっていたのが判明したため、私たちはこうして敵の基地を発見し襲撃を仕掛けることになったのだけれど────
元はと言えば、私が彼らに協力を頼んでしまったのが間違いだったのだ。
だから、最初にライルさんの居場所が分かった時には、本当にほっとしたし、どうか救出まで無事でいてくれとずっと願っていた。
ちなみにジョノワさんの姪であるイスカにも、私は責任を感じて頭を下げた。
「え、あの人だって危険は承知でエリーに協力をしたんでしょ?
失敗したのはあの人達だしそれでエリーが死にかけたのに、僕が謝られるなんて、普通におじさんに失礼だからね?」
といった感じで怒られてしまったが。
けれどやはり、3人とも心配なものは心配だったんだ────
だからまだ無事と決まったわけではないけれど、希望が大きくなったせいで、心のタガが外れてしまったように涙が溢れてしまったのだ。
「そうでしたのね。彼らは貴女にとって、それほど大切な方々だったのですね」
「うん? いやぁ…………」
別に特段大切にしたい人かと言われると、そうでもない気もする汚いおっさんの集まりだけど────
少なくとも、死んで良いなんて思える人達じゃない。みんなそれぞれに強くて、優しくて、恩人で、これ以上なく人間やってる人達なんだ。
「では、今からは生存していた彼らではなく、森の各方で戦っている方々に目を向けてあげてくださいまし。
彼らは今、目の前の敵に命がけで戦っています。貴女の指示を、貴女の決断を信じてそこにいるのです」
「……………………」
確かにハーパーさんやアルフレッドさんの後ろ楯があったとはいえ、体制上この任務で最初に協力を要請したのは私だ。
行方不明だった仲間が戻ってくるかもしれないと煽り、ここに連れ込んだのも私だ。
それをここにいる戦士達は、承知の上で戦っている。
「エリーさん、私も当然協力いたします。職務だからというだけでなく、友人として、恩人として。
ここへ来ることに、エリーさんがお覚悟を決めてきたのだということは充分に伝わっております。だからどうか、もう少しだけ前を見ていてくださいまし」
「わ、分かりました────いえ、分かっています!」
彼女の言う通りだ、私の判断ひとつで戦局は大きく変わってしまう可能性は大いにある。
ハーパーさんやカペラさん、アルフレッドさんにララさんリアレさんと、錚々たるメンバーも共に作戦立案をしてくれた(というか、ほぼ任せっきりだった)ので、今私たちのできる、万全の作戦な事は間違いないだろう。
けれどどんなに完璧な作戦でも、兵士同士が接敵する以上、犠牲者ゼロで終わる可能性は非常に低い。
ましてや敵は軍師ラディウス・ラドルライザー、その側近である
私が今気を抜けば、彼らの犠牲はより増えることになる。そんなのまっぴら御免だ!
「では今、貴女がすべき事は何か。分かりますわよね」
「取り乱してすみませんでした、まだ【ツバサ作戦】は終わってはいません。気合い入れ直します!」
アダラさんはにっこりと笑うと、そのまま席へと着いた。私も涙を拭って、画面へ向き直る。
不思議とアダラさんの激励で、私の心も落ち着いていた。
すると隣で黙って見ていたスピカちゃんが、アダラさんを心配そうに覗き込む。
「アダラ姉、今日はホントに、どうしちゃったの…………?」
「わ、私だって真面目になる時くらいありましてよ!?」
妹からこんなに心配をされるなんて、今日の彼女はよっぽど異例中の異例らしい。