【院瀬見司 視点】
「――というワケで、すみません千春先輩」
『ふふっ、謝ることはありませんよ。司くん』
これは、冬休みに入る直前頃のこと。
俺は夜、家同士が取引のため定めた婚約者である千春先輩に電話をして、自分の
『目的は取引であって、私達の関係はあくまで手段。目的さえ果たされるのであれば、別に私達の関係がどうなろうと文句は言われないでしょう』
「そうですね。もちろん取引の件は安心してください。ボクとしても『花ヶ崎ホールディングス』――千春先輩とは良好な関係を続けさせていただきたいですから」
『ええ、それは私も同じです。『院瀬見』との関係が保証されるのであれば異論ありません』
スマホ越しに二人で小さく笑い合った。
『ですから、これは婚約者としての私ではなく、司くんの先輩として……そして結香ちゃんの親友としての言葉です』
千春先輩が、一呼吸の間を取ってから優しい声で言ってきた。
『頑張ってください、司くん。応援してますよ』
「……はい。ありがとうございます」
………………。
…………。
……。
◇◆◇
【近衛結香 視点】
二学期終業式が終わり、学校が冬休みに入って数日。
世間がイベントを先取りし、街並みをイルミネーションやツリーで彩ったり、スーパーやデパートなどで大きな靴下にお菓子が詰められたような商品が売り出されていた中、遂にその日はやってきた。
十二月二十四日。
クリスマスイブである――――
ある者は、家族と共に平穏に過ごし。
またある者は、友達と共に楽しく過ごし。
そしてある者は、恋人と共に甘く過ごす。
では、私はというと――――
「ふぅ……よし、我ながら上出来!」
昼下がり。
私は自分の家のキッチンで完成させたクリスマスケーキに自画自賛の視線を注いでいた。
王道中の王道。
焼いたスポンジに生クリームのドレスを着せ、彩りにイチゴと並べ、中央にサンタさんとトナカイさんを模った砂糖を置いたショートケーキだ。
事前に店でケーキを注文するかどうかを司に確認したときに、半分からかいも含まれていただろうが『結香が作ってくれたのが良いな』と言われたので、思わず張り切ってしまった。
「じゃ、この子には夜まで冷蔵庫でお休みしてもらいましょうかね~」
私は完成したショートケーキを、充分なスペースを確保した冷蔵庫の一角へ慎重に納めた。
パタン、と両開きの冷蔵庫の扉を閉める。
「クリスマスかぁ……」
時間の流れというものは本当に早い。
記憶を振り返ってみても、ついこの間文化祭をしてメイド長メイド長と連呼されていたような気がする。
また、その頃から関わるようになった三神君に好意を告白されたのも、本当は先週であるはずなのに、体感的にはまだ昨日のことのように思い出せる。
そして、同じ日に私が司に言ったことも…………
『私の心がどこにあるのか……司が当てられたら、答え合わせしてあげます』
どうするんだろう、私は。
もし司が本当に私の心――この想いがどこにあるのか、誰に向いているのかを当ててきたら、私はその答えを言うのだろうか。
「うぅん……でも、ほぼ勢い任せとはいえ、答え合わせするって言っちゃったしなぁ……!」
あのときの私は多分舞い上がっていたのだ。
三神君に告白されたことも素直に嬉しかったし、何よりそれを断ったと伝えたとき、司がホッとしたような表情を見せてくれたのが、私を手放したくないと思ってくれている何よりの証拠だと感じた。
だから、後先考える前に口が勝手に言葉を…………
「くぅ……あのときの私の口を塞ぎに行きたい……!」
そのときのことを思い出しただけで、否応なしに心拍数と体温が高まり、変な汗がジワリと浮かんでくるようだった。
そんな私の精神状況が引き起こす反射なのか。
無性に現実逃避染みた考えがポンポンと浮かんでくる。
「ま、まぁ、司だって本気にしてないでしょ。いっつもからかってるから、その仕返しを喰らった~くらいに思ってるはず」
そう。
そうに違いない。
って、勝手に思い出して、勝手に恥ずかしくなって、勝手に自己解決して安堵して……私は情緒不安定か。
はぁ……と、長いため息を吐いたタイミングで、ピーンポーンと玄関扉のインターホンが鳴った。
私は思考を切り替えて「はーい」と扉の先に待っているであろう人物にも聞こえるように、少し張った声で返事をしながら小走りで玄関に向かった。
手早く靴を履き、鍵を外してガチャリと扉を開ける。
すると――――
「よっ」
「え、司?」
見慣れたどころの話ではない顔がそこにあった。
「何か用事ですか? それならスマホで連絡してくれれば私の方から行ったのに」
確かに私は司の世話係だが、いつでも司の家に入り浸っているわけではない。
今日のように、司が作家としての執筆作業に集中して取り組んでいるなどして特に私に手伝うことがない場合は、普通に自宅で自分のことをしていたりする。
だから、私はその時間を使って、一旦この自分の家に帰ってきてクリスマスケーキの準備をしていたのだ。
そして、いつもならそういう状況で用事を頼むとき、いくら部屋が隣同士とはいえわざわざ足を運ぶのは非効率なので、スマホで連絡を取り合うようにしている。
呼ばれれば、私の方から出向く。
世話係として、当然のことだった。
だというのに、今日に限ってなぜ司はわざわざ家まで来たのだろうか。
見たところスラックスにニットのセーター、上質なロングコートを羽織っていたりとやけにお洒落な格好をしているのも気にになるポイント。
私が首を傾げていると、すぐにその疑問の答えが司の口から出された。
「良いんだよ、別に。どうせ出るんだから」
「え?」
「出掛けるぞ、結香。早く準備してくれ」
どこに?
なんで?
それもこんな日に?
一つ疑問が解消された途端、新たな疑問符がポンポンと立つが、司がどこかに出掛けるというのなら、世話係の私が傍を離れるわけにはいかない。
「えっと……わかりました。ちょっと、待っててください……?」
この季節に外で待たせるわけにもいかないため、司には部屋に入ってもらってリビングで座っていてもらう。
その間に、私は自室でなるべく早く、それでいて司の格好とバランスが取れるように少しお洒落目なコーデに着替え直した――――