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第55話

「ウィルゥダっ!」


 今はちいさなトカゲの幼生になってしまった魔王が、ふたたび俺の昔の名前を呼んだ。

 俺の前々世、異世界の魔法使いの名前……。


「会いたかったぞ! ウィルゥダ!」


 幼生はぴょん、と飛び跳ねると俺の胸のあたりに抱きついた。

 抱きついたというより、その身体にまとわりついたキイラの体液によって俺のうろこに貼り付いた、というのが正しい表現かもしれない。


「魔王……アーデン……」


 二度と会えないと思っていた。会うことはないと思っていた。


「ほんとにウィルゥダなんだよな?」

「ほんとにウィルゥダだよ……」

「わたしは正しかったんだな! お前、ドラゴンに転生したんだな!」


 幼生は俺にしがみついたまま自らの両手を交互に見て、


「わたしはどうだ? これは……わたしはドラゴンに成れているのか?」


 魔王は眼を輝かせて俺を見上げる。


「成ってる。きみも、俺も、今はドラゴンだ」

「よかった! 転生してドラゴンになれたんだ! やった……!」


 円くて黒い眼をパチパチさせた。

 かわいいアーデン。

 大好きだったアーデン。

 俺は彼女を両手で包むように抱き上げた。


「アーデン。やはりこれは……きみの魔法だったのか」

「当然だ。わたしが長い時間をかけて復活させた古の魔法だぞ。いろいろな呼び名があるんだ。転生の魔法、生まれ変わりの術、ふっかつのじゅもん……」

「俺にも……その魔法を使った……」


 アーデンはふと言葉を止めて、俺を見る。


「……使ったよ。使うに決まってるよ。だって、わたしの眼の前で死んじゃうんだからな……」



 アーデンと初めて出会ったとき俺はまだ10歳で、彼女は2コ下の8歳だった。

 父は俺が邪魔になったからか魔法学校の就学年齢になるとすぐ寄宿舎にぶっ込んだ。

 邪魔になったというより、俺を疎んじた母が、弟を跡継ぎにするために俺を殺しかねないと思ったのかもしれない。

 アーデンも同じく寄宿舎に入っていたが、学年一つ上の先輩だった。

 二つ年下で一学年上ということは、つまり彼女は6歳(もしくは7歳)のときに入学したことになる。

 未就学年齢での入学は原則認められないはずだが、それはあくまで原則、マスターメイジの強い推しがあれば年齢は問われない。

 アーデンにはよほど素質があったということだろう。

 学校では誰もが彼女を褒めそやし、機嫌を取り、魔法使いとしての天性の能力を羨み、妬んだ。

 俺はそんなアーデンがなんとなく怖くて近寄らないようにしていた。

 6歳から親元を離れて寄宿舎に入れられたなんてかわいそうな子だな、とも思っていた。彼女の事情なんて何一つ知らないのに、勝手に。

 比べて俺はまったくの凡人で素質もないし、なにより魔法がそれほど好きではなかった。

 親に邪魔者扱いされて放り込まれた俺と、飛び抜けた才能のある彼女とは住む世界が違う。

 ある日の、授業が終わった午後のことだ。

 魔法学校の裏手にある丘の斜面に寝転がって、手のひらの上で豆粒ほどのエナジーボールを作って弄んでいた。

 その豆粒を両手のひらの間で行ったり来たりさせているうちに、どんどん小さくなる。

 俺は魔力を集める力が弱いらしく、なんていうか、魔法の出力が小さい。

 エナジーボールの火球を大きくすることがなかなかできなくて、目標に向けて射っても途中で消えるか、中ってもショボいダメージしか与えられなかった。


「これじゃ明日のテストもだめかな……」


 と、ふっと息をかけてエナジーボールを吹き消した。

 そのとき、


「もう一回やれ」


 背後から声がした。

 視界に、制服のスカートから伸びた細い脚が入ってきた。

 見上げると、アーデンだった。

 慌てて起き上がる。


「もう一回やってみろ」


 彼女は腕組みして、顎で指図した。


「なんだよマスター気取りかよ」

「いいからやれ」


 この態度。

 二つ下の子とは思えない、落ち着き払った佇まい。

 生意気なクソガキめ。

 でも逆らえなかった。

 素直に従うしかなかった。

 この学校においては上級生が立場が強く、同じ学年なら魔法が強い者の立場が上だ。

 俺は右手を前に伸ばして呪文を唱え、手の上に小さなエナジーボールを出現させた。

 アーデンは隣に近寄ってきて人差し指を突き出し、囁くように短い呪文を唱えた。

 すると、それに答えるようにエナジーボールが膨らんでいった。

 エナジーボールはぐるぐると回り、今にも俺の手から離れそうになる。


「話しかけろ」


 アーデンは言った。


「話す? 呪文でってこと?」

「そうだ」

「なに、なにを話せばいいの?」


 もたもたしてたら、エナジーボールは勝手にすすいっ、と上に浮かんでいって、パチン、と破裂して消えた。

 アーデンは俺の隣でそれを見上げていた。


「呪文は魔法との会話だって、授業で習っただろ」

「習ったけど、会話って、呪文を唱えるだけじゃだめってこと?」

「一方的に唱えるだけじゃだめってことだ」


 アーデンはまるで手の上のなにかに息を吹きかけるように、呪文を言った。

 突如大きなエナジーボールが出現した。

 次に彼女が呟いたと思ったら空中から無数の光の球が吸い寄せられるように集まって、エナジーボールがみるみる倍くらいの大きさに膨張した。


「魔法は寂しいんだ。寂しがりやだから、優しく話しかけてあげて、みんなを集めてやるんだ。話しながら、いっぱい呼んであげる。そしたら、魔法の力が増えてくんだよ」


 手の上の光の球を両手の上で転がしてから、不意に空に投げた。

 球は楽しそうに空中で弾んでから、花火みたいに散った。

 ああ、そうか。

 この子は——アーデンは、魔法と仲良しなんだと思った。

 俺とは違うんだ、と。

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